「国境ナイトクルージング」のアンソニー・チェン監督

「国境ナイトクルージング」のアンソニー・チェン監督提供写真

2024.10.30

中国で流行?〝寝そべり文化〟の若者たちの青春 「国境ナイトクルージング」アンソニー・チェン監督

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鈴木隆

鈴木隆

中国と北朝鮮の国境の町、延吉で偶然出会った3人の若者の姿を映し撮った「国境ナイトクルージング」。異文化が混ざり合う極寒の地で一緒に飲み明かし、過ごした数日間を繊細に表現した。アンソニー・チェン監督は「この映画自体が多くの自由を生み出し、現代の若者の内面と彼らが求める精神的な自由についての映画になった」と語った。


異文化の混じり合う町 3人の男女

オリンピック出場を断念した元フィギュアスケーターで観光ガイドのナナ、勉強が苦手で故郷を飛び出し親戚の食堂で働くシャオ、母からのプレッシャーで心を壊したエリート社員ハオファン。3人は共に楽しみ気ままに過ごすが、互いに深入りはしない。孤独を抱えた心が少しずつほどけていく。

シンガポール出身のアンソニー・チェン監督。新型コロナウイルスによるパンデミックの中で「フィルムメーカーとしての存在意義、成長できるかを自分に問いかけた」という。それまでの自身の映画作りの踏襲を避け「自分に挑戦を課す」中で作ったのが本作だ。毎日20度以上の温かいシンガポールを離れ、氷点下20度の土地に身を置き、中国語と韓国語が耳に入る、文化が混在する中で映画製作を始めた。

以前は2年かけて完璧な脚本を書き上げ、プロデューサーから「完成した映画と全く同じ」と言われるほど準備する、突き詰めた映画作りを繰り返してきた。「今回はそこから自分を解放することに注力した」。脚本を書く前に決めていたのは、2021年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映されたオムニバス映画「THE YEAR OF THE EVERLASTING STORM」(ロンドンから遠隔で撮った作品)で初めて仕事をしたチョウ・ドンユイへの出演依頼だったという。


©2023 CANOPY PICTURES & HUACE PICTURES

「突然炎のごとく」のスタイル

「内容的には、パンデミック中にニュースなどで見た、中国の新しい世代の生き方『寝そべり』に注目した。いろいろなことを手放し、緩くやっていこうという若者像だ。全て同調するわけではないが、中国に限らず普遍的な若者の傾向として理解したいという考えのひとつだった」

とはいえ、自分らしさの反映も忘れていない。「好きな作品であるフランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく』(1962年)の男2人と女1人のスタイルを導入。俳優3人には自分から連絡をとった。脚本はまだ完成していなかったが、この3人の物語を見たいと思った」と話した。

作品のベースになったのは、チェン監督自身の延吉での体験だ。「ロケハンで私が経験したこと。山に行ったり、街を歩き回ったり、観光ツアーに参加したり。頭の中で考えるのではなく体験し、実感したことを反映させた。国境の街は初めてだったので、そこで感じたリアルなものを膨らませ混在させた」

何かを残して別れてゆく

3人は互いの事情に踏み込まない。物語が進んでも距離感が変わらないのも、本作の重要な要素の一つだ。「脚本の構想時から、心情に迫らない移りゆく関係性を描きたかった。言い換えれば、彼らがその瞬間を共有したことに重きを置いた。誰しもそんな経験はあると思う。一方で、短い出会いでも人生を変えてしまうような意味を持つこともある。そうした関係を取り込みたかった」

インスピレーションを感じたのは、水と氷だった。「氷点下の水は短時間で凍結して形を変えるが、温度が上がると固体が急速に溶けて液体に戻る。その現象にどうしてかひかれた。しかもその時間は短い。筋立ては決まっていなかったが、この感情を映画にしたかった。3人の若者が短い時間に絆を深めていく。それぞれの道に分かれていくが、お互いの中に人生を変える何かを残したかもしれない。それを捉えたのがこの映画です」

互いに生きる力をもらって、離ればなれになっていく3人。「不安やメランコリー、喜びなど多様な感情が混ざりあう。この時、この場所でしかありえない、ある意味完璧なタイミングで出会ってつながるが、長くは続かない。彼らの心情を反映した映画にしたつもりだ」


完璧な不完全さ

完璧な準備から自由な映画作りへ。大きなチャレンジを経験して作風は変わっていくのだろうか。「シンガポール人としてのDNAには、何事も整えてから臨むことが刷り込まれている。何もないと手につかないのも事実だ。ただ今回は多くを学んだ。何かを手放すことによって得るものがある。脚本にあるシーンや空間でも、変更しないといけない状況が生まれたからだ」

これまでの枠や段取りからはみ出た映画作りは、一方で神経を使う体験でもあった。「眠れない日が続き、これでいいのかと常時自分に疑いの目を向けながら進めてきた。若いうちでなければ、こうしたクレージーな映画作りはできないとも考えている」。今年40歳を迎えた。「年をとると守りに入ってしまうだろうから、今のうちにという思いもあった」と正直な気持ちを吐露した。

「不完全であることは、ある意味完璧だと学んだ」という。「今までドラマツルギーの観点からシンプルに考え練ってきたが、パーフェクトでないがゆえのすばらしさ、完璧さを受容できて認められるようになった」と話し、フィルムメーカーとして大きな転換点になったことを示唆した。

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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