「ぼくは君たちを憎まないことにした」のキリアン・リートホーフ監督©Thomas Leidig.

「ぼくは君たちを憎まないことにした」のキリアン・リートホーフ監督©Thomas Leidig.

2023.11.16

テロに立ち向かう唯一の手段は「愛を広め、コミットすること」 「ぼくは君たちを憎まないことにした」監督インタビュー

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鈴木隆

鈴木隆

パリで起きた同時多発テロで最愛の妻を失ったジャーナリスト、アントワーヌ・レリスが事件発生から2週間の出来事をつづった世界的ベストセラー「ぼくは君たちを憎まないことにした」の映画化である。妻の命を奪ったテロリストへ向けて「憎しみを贈らない」とした宣言はまだ記憶に新しく、世界中に大きく響き渡った。脚本も手がけたキリアン・リートホーフ監督に、映画化の意図やテロにどう立ち向かうかなどオンラインで聞いた。


妻を亡くした男の決意

2015年11月13日夜、パリで多数の犠牲者を出すテロ事件が発生し、アントワーヌの妻エレーヌも命を落としてしまう。幼い息子とともに残されたアントワーヌは、突然の悲しみと苦しみ、育児への不安と葛藤しつつも、妻の命を奪ったテロリストに手紙を書く。それは「息子と2人でも今まで通りの生活を続ける」という強い意志と、テロに屈しない決意の表明であり、亡き妻への誓いでもあった。SNSに投稿すると一晩で20万人以上がシェアし、後に新聞の1面を飾って全世界に発信された。
 
アントワーヌのもとには、フランス、アメリカ、オーストラリアなど多くの国から映画化の話が持ちかけられたという。リートホーフ監督はパリでアントワーヌに直接会い、彼の物語にいかに情熱を持っているかを伝えた。「おそらく彼にとって、私たちがドイツ人で、パリの悲劇的な事件の当事者でなく、距離があったことが映画化を許可した要因だった」と話す。
 
「最初に会った時に学んだのは、彼の感情や思いから逃げないこと、起きてしまった出来事にしっかり向き合うことだった。私たちは当事者の視線というより友人のように寄り添いながら作品を作っていった」。撮影の時も、彼の葛藤や悲しみにまっすぐ向き合い描写することを心掛けた。「彼に対し誠実に接し、その責任を感じながら撮影した。それが、製作するうえでの最も大きなチャレンジだった」と振り返った。

「ぼくは君たちを憎まないことにした」©2022 Komplizen Film Haut et Court Frakas Productions TOBIS / Erfttal Film und Fernsehproduktion

原作者が出した三つの条件

アントワーヌは撮影にあたり三つの条件を出した。彼の住むアパートを実際以上に大きく見せないこと。事件当時、生後17カ月だった息子をそれ以上の年齢に見せないこと。「(母親の死を)言葉で説明しても分からない年齢だった」からだ。3番目は(妻が殺害された)バタクラン劇場で起きた惨劇を「絶対に描かないこと」だったという。
 
「この映画は刑事ものでも、スリラーでも、ドキュメンタリーでもない。テロの攻撃があったことで、一つの家族にどんな影響があったかを物語として伝えたかった。テロのニュースを聞いて、政治的な話だと思うのではなく、自分の身にもいつか起こるかもしれない。起こったらどうなるか想像させられるような、身近なものとして考えてほしかった」


 
リートホーフ監督らスタッフは撮影前に、パリの多くの人に当時の状況をリサーチした。「事件現場の近くにいた」とか「知人が犠牲になった」など多くの人が何らかのかかわりを持っていた。事件から数年しかたっておらず「傷口に塩を塗るようなことはしてはいけない」と実感した。映画はセンセーショナルな描写やテロリストに注目させるような映像は一切ない。「ドラマチックに見せるというよりも、事実を淡々と見せて、そこから自然と湧き上がってくるさまざまな感情を感じてもらおうと考えた」と、演出の手法を語る。
 
「個人的なことだが」と前置きしてリートホーフ監督が続ける。「この物語の中に自分自身を置こうと思うと、悲しみと痛みの大きな海の中に放り込まれて、つかまるものが何もない気持ちになった。アントワーヌの気持ちや心情を感じ、物語にのみ込まれる覚悟でやることで、(実相を)伝えらえると考えた。それはワクワクすることでもあった」。撮影はコロナ禍の時期にあたり、テロ事件直後に非常事態宣言が出された時の「みんなが孤立しているような閉塞(へいそく)感」の中で進められた。

 

世界中の軍隊よりも強い

事件の死傷者は400人以上に及んだ。傷の癒えない人も多く、本作の製作も当初は不安が大きかった。「映画は通常、物語をしっかり構築して作るが、事件の当事者にしてみればきれいな構築などあるはずがない。私たちもアントワーヌを尊重し、それを受け入れた。彼の書いた本の視点には、劇的な要素はなかった。脚本も演出も最も大変だったのは、彼の感情の揺れをどの程度、どう表現するかだった」
 
「何より、アントワーヌは妻を亡くしている。映画の中で彼の妻エレーヌがしっかりと生きたこと、アントワーヌの経験に応えられるような作品を作ることを一番に心掛けた」
 
折しもイスラエルとハマスの紛争が、危機的状況を迎えている。世界中でテロと憎しみの連鎖が断てない。どう立ち向かっていったらいいのか。リートホーフ監督は「テロリズムは私たちの上に重くのしかかっている。その行為に賛否両論があるべきではない。非人道的行為でしかない」としたうえで、「私たちにできるのは、愛する人を守り、愛することへのコミットだと思う」。映画の中でもアントワーヌは事件後、息子への深い愛情を持って向き合うことになる。
 
「相手を愛し、守ってあげる。家族や周りの人たちへも愛を広める。それでしか、憎しみを断ち切ってテロに対抗することはできないだろう。愛するか憎むかはその人次第。私たちにかかっている」。最後にリートホーフ監督は「映画の中で最も好き」というセリフを口にした。アントワーヌの手記にある一節だ。「私と息子2人だけれども、世界中の軍隊よりも強い」

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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