韓国映画「スリープ」が6月28日に日本で公開される。平凡で幸せなある夫婦の生活が、正体不明の「何か」に侵食されていく様子を追ったスリラー。昨年12月に死去したイ・ソンギュンの遺作の一つでもある。
平凡な夫婦が「何か」に侵食されていく……
夫ヒョンス役をイ・ソンギュン、映画「82年生まれ、キム・ジヨン」などで知られるチョン・ユミが妻スジン役を務めた。役者として成功したいヒョンスと、出産を控える会社員のスジンは仲むつまじい夫婦。しかし、ある夜を境に生活が一変する。
その夜、2人はいつものように一つのベッドで並んで寝ていた。突然、ヒョンスが起き上がり「誰か入ってきた」とつぶやく。驚いて目を覚ますスジン。
翌朝、スジンはヒョンスに夜の出来事について尋ねるが、ヒョンスはまるで覚えていなかった。すると、下の階の住人から騒音の苦情が入る。ここ1週間ほど夜中にばたばたと騒がしい音がするというのだ。しかし2人とも身に覚えがない。
ヒョンスの奇行は夜な夜なエスカレートしていった。冷蔵庫の中の生魚を丸ごとのみ込んだり、自分の頰をかきむしったり。スジンは、下の階の住人の話とヒョンスの夜中の行動を結びつけるようになり、日中は優しいヒョンスが夜になってひょう変することにおびえるのだった。
スジンの妄想は日に日に膨らんでいった。ヒョンスがペットの犬を殺したのではないか。生まれたばかりの赤子に手をかけるのではないか。夜はヒョンスを寝室に閉じ込め、外から施錠をする。当然2人の関係は悪化する。
やがてスジンの母が巫女(みこ)を連れてくる。はじめは取り合わず、追い返したスジンだが、眠りにつくたびに奇怪な行動を繰り返すヒョンスとの生活に追いつめられ……。
イ・ソンギュンとチョン・ユミ、2人の怪演が光る
実力派2人の怪演が光る一作だ。スジンの切迫した表情、徐々に常軌を逸していく行動は異常であるにもかかわらず、不思議と共感し、疑似体験させられる感覚になる。チョン・ユミが「キム・ジヨン」でも見せた等身大でありながら、どこかでボタンを掛け違えてしまった女性役が本作でも見事にハマった形だ。
そして、イ・ソンギュン。彼の優しい夫役と言えば、「マイ・ディア・ミスター ~私のおじさん~」のドンフンの印象が強い。しかし、今回のような気難しさのない、温和で明るい夫役は新鮮だった。韓国の芸能界、俳優仲間から愛されていたイ・ソンギュンは、きっとこんな人だったのではないかとつい想像してしまう。
それだけに、夜中の行動には終始ゾッとさせられる。普段は優しい人が怒るとより一層怖いのと似た感じかもしれない。二つの人格を演じ分けた力量にも感嘆させられる。
本当に狂っているのは誰なのか、どこまでが現実なのか。見ている側を惑わす優れたサイコスリラーだ。
ただ、それだけじゃない。どこにでもいる夫婦の何気ない幸せが崩れゆく過程をつぶさに追う中で、私たちが当たり前のように享受している日常の儚(はかな)さ、人間の心のもろさが見て取れる。そう感じてしまうのは、本作がキャリアの絶頂にいながら、悲しい選択をしたイ・ソンギュンの遺作の一つだからだろうか。
「スリープ」は6月28日(金)より全国公開