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2024.1.15
追悼 イ・ソンギュン 俳優としての輝きを見せたドラマの代表作3作品をご紹介
韓国映画「パラサイト 半地下の家族」で知られる俳優のイ・ソンギュンさんが昨年12月、48歳で亡くなった。違法薬物を使用した疑いがあるとして警察の捜査を受けていたが、容疑を否認していた。現地メディアによると、自殺の可能性が高いという。
無名の20代を経て、ドラマ「白い巨塔」(2007年)でブレークした俳優だ。「パスタ~恋が出来るまで~」などの主演作で高視聴率をたたき出し、人気俳優の地位を確立。19年には、アカデミー賞で4部門受賞した「パラサイト 半地下の家族」で冷徹な最高経営責任者(CEO)役を演じ、世界的スターの仲間入りを果たした。
去年5月には、主演映画「脱出:PROJECT SILENCE」と「眠り」がカンヌ国際映画祭に招待され、さらなる飛躍が期待されるなかでの悲報だった。追悼の思いを込めて、イ・ソンギュンさんの軌跡を振り返りたい。
「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」より © STUDIO DRAGON CORPORATION
イ・ソンギュンの代表作にして名作「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」(18年)
名作であり、イ・ソンギュンの代表作と言っていい。大手建設会社の部長パク・ドンフン(イ・ソンギュン)と、若くして親の借金と祖母の介護を背負う契約社員イ・ジアン(IU)が、互いを通じて傷を癒やし、再生する物語。
百想芸術大賞でテレビ部門の作品賞・脚本賞を受賞した本作だが、実は本国では逆風の中での放映だった。
韓国で16年、世間を騒然とさせた「江南駅通り魔殺人事件」が起きた。ソウル江南駅付近で見知らぬ女性を刺殺し、逮捕された男が「社会生活の中で女性に無視された」と動機を語ったのだ。女性を狙ったヘイトクライムであり、女性嫌悪(ミソジニー)だと指摘された。
同時に、これまで見過ごされてきた女性差別に抵抗する動きが生まれ、フェミニズムが韓国社会に広く浸透した。日本でも話題になった小説「82年生まれ、キム・ジヨン」は同年10月に出版されている。
その後、米ハリウッド発の#MeToo運動が18年ごろから波及。政治家や検事、著名な俳優や映画監督らの性暴力が女性たちによって告発される中、「マイ・ディア・ミスター」の放映が始まった。
そうした状況下で、21歳のジアンと45歳で既婚の「おじさん」ドンフンが心を通わせるという筋書きや、「私のおじさん」という副題は、放映前から批判の的となった。2人の年齢差から連想される不純さ、男性が大企業で働くエリートであるのに対して、女性は若い契約社員という弱い立場にいるという不均衡さを嫌悪する声が相次いだ。
前評判の悪さから初回の視聴率は3.9%。低調なスタートを切ったが、物語が進むにつれ人生ドラマとして評価を得ていった。結果は先述した通り、百想芸術大賞2冠。世界の文化人からも称賛の声があがった。22年に出版された台本集には音楽家の坂本龍一が推薦文を寄稿したほか、小説「アルケミスト 夢を旅した少年」で知られる作家パウロ・コエーリョも本作を絶賛したと報じられている。
「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」より © STUDIO DRAGON CORPORATION
#MeTooの渦中で逆風にさらされるも、物語が進むごとに評価された
全体として暗いドラマだ。ドンフンもジアンも口数が少なく、背負うものの重みにじっと耐える陰鬱な雰囲気で、初期の頃は気がめいる場面が多かった。ビールの飲み方すらまずそうだ。
だけど、2人の絆が深まる中盤以降、誰かを信じる心、他人に寄り添う優しさ、幸せを諦めない気持ちが惜しみなく表現され見応えがぐっと増す。イ・ソンギュンの低く、重厚感のある声は、ドンフンがジアンに向けた数々のエールに力強さと安心感を与え、徐々に見る側の心にも温かみをもたらした。不遇の若者に手を差し伸べる誠実で分別のある「おじさん」役を好演し、下馬評を鮮やかに覆した。
イ・ソンギュンの死後、ドンフンがジアンに言ったセリフが注目されている。
「俺が幸せになる姿を見届けて。全部大したことじゃない。恥をかくことも、後ろ指をさされることも、そんなもの何てことない。幸せに生きられる。俺は潰れない。幸せになる」
妻の不倫に目をつむり、経済的に不安定な兄弟たちの面倒を見て、社内闘争に巻き込まれて失脚しそうになるなど、辛酸をなめていたドンフン。この「幸せ宣言」の背景には、ジアンを救う中で自分も前を向くようになった彼の姿がある。人は他者と関わることでこそ、自身の傷を癒やせるのだと実感する場面だ。
このセリフのように、ドンフンのように、イ・ソンギュンも困難を乗り越えてほしかった――。彼の死を悔やむ声がSNSなどに投稿された。
「マイ・ディア・ミスター」放映の翌年、イ・ソンギュンは「パラサイト」に出演する。そう、あの不遜でやや軽薄、折に触れて冷酷な顔をのぞかせるIT企業のCEO役だ。
とてもじゃないが、ヒューマニストのドンフンを演じた人と同一人物と思えない役者のひょう変ぶりに、背筋が凍る思いをしたのを今でも覚えている。
主人公のいとこのナイスガイ役で人気を得た「コーヒープリンス1号店」(07年)
俳優コン・ユの出世作「コヒプリ」。イ・ソンギョンはコン・ユ演じるハンギョルのいとこ、ハンソン役。
ハンソンには自由奔放な性格の恋人ユジュがいる。他の男性に心移りして去って行ったと思えば、ハンソンの元にひょっこり戻ってくるユジュに長年振り回され、2人はくっついたり離れたりを繰り返していた。
ユジュはハンギョルにとって初恋の人でもあり、ハンギョルはハンソンの目を盗んではユジュをデートに誘うのだった。本来なら三角関係が展開されるであろうが、ハンソンはハンギョルに対してどこまでもおおらか。子どもっぽいハンギョルに対する余裕とも受け取れるが、イ・ソンギョンの手にかかると度量の大きい男性に映る。
ハンソンは、いつも男性に間違えられるヒロインのウンチャン(ユン・ウネ)が女性だと一目で見抜き、女性として自信を持たせる。ウンチャンが一時思いを寄せたのも納得の、ナイスガイっぷりが際立っていた。お茶の間もハンギョルより、ハンソンのファンの方が多かったのではないだろうか。
「パスタ~恋が出来るまで~」より ©2010MBC
善人のイメージを一転させる魅力的なヒールを演じた「パスタ~恋が出来るまで~」(10年)
温和な善人のイメージから一転、「オレ様」系シェフを熱演。王道ラブコメ、ここにあり。
舞台はソウルの高級イタリアンレストランの厨房(ちゅうぼう)。純粋でちょっとドジな厨房助手のソ・ユギョン(コン・ヒョジン)は、3年間の下働きを経てやっとフライパンを握れる調理師に昇格した。そこへイタリア帰りのチェ・ヒョヌク(イ・ソンギョン)がシェフに就任する。「俺の厨房に女はいらない」と言い放ち、女性たちを次々と解雇したのだった。
熱意だけは一人前のユギョンは、絶対に店を去るまいと決意する。ヒョヌクのクロークに寝泊まりしたり、客として来店したりしてしがみつく。そしてもちろん、2人はぶつかり合いながら徐々に心の距離を縮めていく。
「パラサイト」のCEOとはひと味違う熱血な傲慢男・ヒョヌク。完璧な料理のためなら部下たちを容赦なく怒鳴りつけ、プライドをズタズタにし、社長にも盾突く。社内恋愛を理由に従業員をクビにしたのに、自分はユギョンとこっそりと愛を育み、上司・部下・同僚にバレて当然のごとくひんしゅくを買う。熱愛疑惑を追及されると、ふてぶてしい態度で店を辞めてしまう。裸の王様である。
ガラスの天井を破ろうとするユギョンを全力で応援する一方、ヒョヌクのことも嫌いになれない。なんなら、ヒョヌクに恋するユギョンの気持ちも分からないでもない。魅力たっぷりのヒールだった。
「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん」「コーヒープリンス1号店」「パスタ~恋が出来るまで~」はNetflix、Rakuten TV他で配信中。
<画像使用作品>
「マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~」
DVD BOX1、2:各13200円(税込み)
発売元:コンテンツセブン
販売元:TCエンタテインメント
※2024年1月現在の情報です。
「パスタ~恋が出来るまで~」
Netflix、Rakuten TV他にて配信中
※2024年1月現在の情報です。