16年11月19日から17年1月15日東京ステーションギャラリーにて行われた追悼特別展「高倉健」での横尾忠則監修プロジェクションマッピング

16年11月19日から17年1月15日東京ステーションギャラリーにて行われた追悼特別展「高倉健」での横尾忠則監修プロジェクションマッピング

2022.3.13

生きる悲しみ、胸に秘め

2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。

ひとしねま

川本三郎

6回目となる高倉健を次世代に語り継ぐ企画、
Ken Takakura for the future generations
本日は70代の川本三郎さんです。
2021年11月10日の高倉健の命日に毎日新聞東京・西部朝刊にて掲載された「高倉健90周年」特集への寄稿を転載しました。

ストイックなヒーロー

寒風のなかに背筋を伸ばし毅然(きぜん)として立つ。高倉健ほどストイックなヒーローはいなかった。禁欲的とは単に世俗的な欲望を自らに禁じることではない。自分のなかに「してはいけないこと」の確固たる規範を持ち、愚直なまでにそれに従う。他の人間たちがしていることでもオレはやらないという強い意志を持っている。

仲間を裏切らない。群れを作らない。大事なことをする時は一人でする。自分の世界を持っているから他人に媚(こ)びない。

降旗康男監督の「鉄道員」(1999年)では、国鉄が民営化されてゆくなか、同僚たちが退職後、鉄道以外の仕事に就いてゆくのに、自分はその道を選ばず、最後までローカル線の小さな駅で働き、そして、雪のなか鉄道に殉じるように死んでいった。

やせ我慢に似た意地を描いた

時代の流れにあらがうように、自分の規範に従って生をまっとうしてゆく。高倉健の人気を高めた仁俠(にんきょう)映画は、日本の社会が豊かな社会へと成熟してゆくなか、その流れに背を向けて社会の隅に生きる男たちのやせ我慢に似た意地を描いた。高倉健には、たとえ世の中が変わっても自分はそれに合わせて生きたくはない、古い人間のままでいいという矜持(きょうじ)があった。孤立無援に耐える覚悟があった。

ストイックなヒーローは、いつも内に悲しみを抱えている。自分は所詮は世間のまともな道からはずれてしまったはぐれ者でしかないという原罪意識があった。

道をはずれた汚れ者

「昭和残俠伝」シリーズの主題歌「唐獅子牡丹」(水城一狼・矢野亮作詞)には「つもり重ねた不幸のかずを何と詫(わ)びよか、おふくろに」とある。貧しくとも実直に生きているかたぎの「おふくろ」に対し、自分は道をはずれた汚れ者でしかない。

その罪の意識があった。だから高倉健の演じるやくざ者は、ばったばったと敵を殺してゆく痛快なヒーローではなく、自分は汚れ者でしかないと知っている悲しいヒーローだった。「自分は道を踏みはずしたつまらねえ人間だ」という苦い思いを持っていた。

「申し訳ない」「すまない」と詫びた

高倉健は映画のなかで実によく「申し訳ない」「すまない」と詫びた。かたぎの人間を前にして、自分のような人間が生きていて申し訳ないという気持ちがあった。だからいつもつらそうな顔をしている。

仁俠映画を離れても詫びる姿勢は変わらなかった。佐藤純弥監督の「新幹線大爆破」(75年)では町工場を倒産させてしまった高倉健は、家を出て行った妻と子供に負い目を持ち続けた。山田洋次監督の「遙かなる山の呼び声」(80年)では、「行かないで」と引きとめる牧場の女性、倍賞千恵子に、自分は前科者なのでと詫びてやむなく去った。

蔵原惟繕監督の「南極物語」(83年)も忘れられない。よく働いてくれた犬たちを極地に残してきた高倉健は、その申し訳なさから飼い主たちの家を一軒ずつ訪ね、お詫びの行脚を続けた。「私の犬を返して」と泣きじゃくる小さな女の子にはただ頭を下げて詫びるしかなかった。

1988年 サンデー毎日より 出版写真部

ストイックな高倉健は、古い日本人が持っていた美徳である、詫びることの大事さをよく知っていた。そう、文化勲章を受章した時に高倉健は「私のような前科者ばかり演じてきた人間が……」と申し訳なさそうにいった。

詫びる相手として死者が多いことにも気がつく。森谷司郎監督の「八甲田山」(77年)では、生き残った者として犠牲になってしまった死者の遺体に頭を下げた。降旗康男監督の「ホタル」(2001年)では、特攻隊員として戦死した朝鮮半島出身の兵の遺品を届けに韓国へと渡った。遺作となった降旗康男監督の「あなたへ」(12年)では先立たれた妻、田中裕子の遺骨を海に散骨するため九州へと旅をした。

高倉健がストイックなヒーローを演じたのは、いつも死者のことを考えていたからかもしれない。死は人を厳粛にする。

最後に高倉健が好きだった言葉を。「映画は、生きる悲しみを勇気に変えることができる」

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ライター
ひとしねま

川本三郎

かわもと・さぶろう
1944年東京生まれ。文学、映画、漫画、東京、旅などを中心とした幅広い執筆活動を行う。著書に「林芙美子の昭和」(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、「マイ・バック・ページ」「成瀬巳喜男 映画の面影」など多数。

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