「ロストケア」©2023「ロストケア」製作委員会

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2023.4.11

親の面倒は子が見るべきか 〝介護地獄〟を取材した記者が「ロストケア」から受け取ったもの

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

滝野隆浩

滝野隆浩

不思議だった。本編が終わってエンドロールが流れ始めても、誰も席を立たない。それは最後に流れた森山直太朗さんの「さもありなん」という主題歌に聴きほれていたからかもしれない。平日午後の、横浜市郊外の映画館。みんな余韻を味わうように、深く腰を下ろしたままだった。
 

 

見終わった後の不思議な感覚

映画「ロストケア」は、かかわりのあった要介護の高齢者ら42人を殺害した介護士の男と、彼の罪を問う立場の女性検事のぶつかり合いを描いた作品である。「介護」「殺人」がテーマとなれば重苦しい内容と想像していた。
 
ところが作品を見終わったとき、出口の見えない重い問いを突き付けられたような感覚は私にはなかった。清涼感、というのは言い過ぎであっても、何かの運動を全力でやり切ったあとの疲労のような感じがした。とても、不思議な感覚だった。
 

社会部のサツ回りから家族問題取材へ

私は1983年に毎日新聞社に入社し、社会部の記者を続けている。「サツ回り」(警察・事件担当)として最初に遭遇したのが、首都圏で4人の幼女が殺害された「連続幼女誘拐殺人事件」で、95年のカルト集団「オウム真理教」による一連のテロ事件では信者やその家族を取材した。
 
その後は事件取材からは離れ家族問題に関心が移り、2000年の介護保険制度導入直前は「長命社会を生きる」という大型連載に取り組んだ。さまざまな介護施設を歩き、認知症の高齢者を抱える家族らの話もよく聞いた。
 

介護現場リポートに反響4000通

「介護の社会化」がうたわれた介護保険制度導入前の現場は、悲惨だったと記憶する。とりわけ担い手である女性たちは、実の親だけでなく、夫の親の介護をも当然のように押し付けられて疲弊していた。
 
現場を生々しくリポートした連載は反響を呼び、読者が自らの体験をつづった手紙が4000通以上届いた。その中には「認知症で暴れる親に、殺意を感じた」という告白も少なからずあった。連載の反響を集めた本のタイトルが「介護地獄」(講談社)だったと、今回、この原稿を書きながら思い出した。
 

「介護は地獄」単身化進み切実に

「介護は地獄だ」と、作品の中で斯波宗典(松山ケンイチ)は訴えた。それはウソ偽りない思いであろう。つまり介護保険制度ができて20年以上たった今でも、高齢者の介護はまだ「家族の誰か」に押し付けられている。その背景には単身世帯の急増がある。国の予測をはるかに超える速さで単身化は進み、1人暮らしの家は増えて全世帯の38.1%(20年国勢調査)である。
 
非正規社員が増え、自分の生活もままならない中で、ひとりぽつんとなんとか生きていた人たちに、ある日突然、「親の介護」の問題が降りかかってくる。親の面倒くらい子がみるべきだ、という有無を言わさぬ社会の圧力がある。重度の寝たきり、認知症の世話をしながら、働けるはずがない。いや、もしかして幸運に恵まれたら支えてもらえる機関にめぐり合う可能性はある。だけど、そうした情報がどこにあるか、ふつうは分からない。
 

斯波の絶望を共有

映画の中で印象的だったのは、斯波が認知症の父親、正作(柄本明)の世話に困り果てて、生活保護を役所に申請に行く場面だ。窓口の係は「あなた、まだ働けるでしょ?」と申請を受け付けなかった。働くことができるなら働く。だけど親の介護でかかり切りになり働けないから、ここに来た。それなのに……。「はい、次の方!」。斯波の絶望を、たぶん映画を見ていた誰もが共有した。
 
「社会秩序の維持」が使命である検事の大友秀美(長澤まさみ)は、自然死とみなされ発覚していなかった斯波の犯行を見抜き、部屋に呼びつけて大声で責め立てる。「あなたはたくさんのお年寄りを殺したんだ!」
 
一方、彼はまっすぐ検事を見つめたまま、「これは救いです」と言い放つ。何度聞かれても「救い」だと繰り返す。「これは喪失の介護、ロストケアなんですよ」
 

殺人か介護地獄か

検事部屋での立場を超えた魂のぶつかり合いのような2人の対決場面を見ながら、私は介護や殺人や救いなどについて、ぼんやり考えていた。
 
Ⓐ「いくら介護地獄であっても、殺人は許されない」
これは否定しようのない正論である。ではどうだろう、こんな反論は許容すべきなのか。
Ⓑ「殺人さえしなければ、介護地獄はしかたない」
 
検事の大友はⒶの「殺人」という罪について糾弾し、犯人の斯波はⒷの「介護地獄」という社会問題を徹底的に訴えていた。検事と犯罪者のそうしたやりとりは、まったくかみ合わない。
 

正邪で片付けられぬ人の営み

むしろ見ている側は、心理的にほんの少し「地獄から、救え」という訴えに寄り添いたくなる。不条理といっていい介護の苦しさを想像できるから。そうして大友が被害者の娘を呼んで親を殺害された無念さを聞き出そうとする場面では、娘はしぼりだすようにこう答える。
 
「私、救われたんです。たぶん、母も……」
 
大友も実は〝秘密〟を抱えていた。原作にない設定でネタバレになるからここでは書けないが、この他人には言えない内情は本作品にさらなる深みを与えている。罪を問うべき、つまり社会の秩序を守るべき検事が、秘密があるがゆえに、大量殺人者である斯波に個人的に心を寄せるのである。そして、彼女は……あぁ、これもネタバレになるから書けない。
 
善悪ではない何か。正邪では片づけられない何か。極刑によって存在を社会から消しただけでは済まない何か。そうした人間の営みの重みと複雑さを、この映画は見せてくれた。見終えた観客は、私も含めて、そういう余韻に浸っていたのかもしれない。すがすがしい感じはもちろんないが、大事なものを受け取ったと感じたのだった。
 
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ライター
滝野隆浩

滝野隆浩

たきの・たかひろ 1983年毎日新聞入社。東京社会部、サンデー毎日編集部、前橋支局長などをへて社会部専門編集委員。著者は「宮崎勤精神鑑定書」「自衛隊指揮官」「これからの『葬儀』の話をしよう」「世界を敵に回しても、命のために闘う」など多数。現在、毎日新聞日曜紙面でコラム「掃苔記」を連載している。