1979年に公開された「マッドマックス」は、その大胆な世界観と斬新なアクションでカルト映画の金字塔となりました。3部作でいったん幕を閉じながら、30年を経て奇跡的復活、スケールを拡大して世界を席巻しています。第1作から最新作「フュリオサ」まで、シリーズの全体像と影響を振り返ります。
2024.5.31
アニャ・テイラー・ジョイが瞳に宿したすごみと激情 孤高の女戦士を体現「マッドマックス:フュリオサ」
1979年の「マッドマックス」1作目からこのシリーズを知る者にとって、前作「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015年)は驚くべき内容だった。メル・ギブソンの後を継いだトム・ハーディふんする2代目マックスは、序盤のうちにあっさり砦(とりで)の独裁者イモータン・ジョーの一味の手に落ちてとらわれの身に。その後のすさまじいチェイス&アクション・シークエンスでも、爆走中の車にはりつけ状態でまったく見せ場なし。そんなふうに主役のアクションヒーローらしからぬ扱いを受けたハーディが、顔面を覆う拘束具を解かれたのは冒頭から40分以上も過ぎてからだった。
荒野のディストピアで女性を解放する孤高の戦士
やけに影の薄いマックスに代わって、この壮大なる荒野のディストピア映画で圧倒的な存在感を放ったのがフュリオサだった。もちろん事前の情報として、スター女優のシャーリーズ・セロンが重要な役どころで出演していることは知っていたが、タイトルロールのマックスを脇に追いやるほどの強烈なインパクトにはド肝を抜かれずにいられなかった。
坊主頭のように短く刈り込んだヘアスタイル、黒いグリースを塗りたくった額、欠損した左の上腕に装着されたメカニカルな義手。多彩な銃器を使いこなす戦闘能力にたけ、巨大な装甲タンクトレーラーのウォー・リグを自在に操るドライビングテクニックも絶品。おまけにイモータン・ジョーの5人のワイブズ(性奴隷)を救い出したフュリオサは、荒廃した弱肉強食の未来世界における孤高のヒューマニストであり、不屈のフェミニストでもある。しかも道徳的正しさや女性解放を説教臭くセリフで叫ぶのではなく、ハードボイルドなたたずまいと強靱(きょうじん)な身体性で体現してみせたのだ。
またフュリオサには、イモータン・ジョーに反旗を翻したもうひとつの重大な理由があった。フュリオサがウォー・リグを駆ってめざす目的地は〝緑の地〟だ。中盤、そのことについてマックスに問われた彼女は「私はそこで生まれた。子供のとき、盗賊に連れ去られた」と言葉少なに答えていた。9年ぶりの最新作「マッドマックス:フュリオサ」(24年)は、〝憤怒〟という意味の名を持つこの謎多き女戦士の過去を描く人物伝である。
シャーリーズ・セロンと体格、印象違うが……
しかしながらジョージ・ミラー監督が2代目フュリオサに指名したアニャ・テイラー=ジョイのキャスティングは、いささか意外だった。ミラー監督はエドガー・ライトから見せてもらった「ラストナイト・イン・ソーホー」(21年)の初期テークで、アニャこそが適役だと確信し、彼女にコンタクトしたという。先代のシャーリーズ・セロンは完璧に整ったルックスを誇るクールビューティーであり、アニャは言わずと知れたファニーフェース系の個性派女優。顔立ちのみならず、身長や体形のシルエットの印象も違うし、筆者にはこの2人が同じキャラクターを演じるイメージがさっぱり思い浮かばなかった。
ところが、それは杞憂(きゆう)だった。セロンとは似ても似つかぬアニャが本作で演じるのは、故郷の〝緑の地〟も家族も失い、極限の世界に投げ出された野生児のような女の子だ。非業の運命をたどった母親の「いくら時間がかかっても、故郷へ帰ると約束して」という遺言を胸に刻んだ少女フュリオサは、幾多の苦難を耐え忍んで大人の女性へと成長。そして因縁あるディメンタス将軍(クリス・ヘムズワース)との確執、イモータン・ジョーの警護隊長ジャック(トム・バーク)との出会いを経て、あらゆるサバイバル術と戦闘、運転のスキルを体得していく。
キャスティングの妙に脱帽
やがてボサボサの長髪を荒々しく振り乱し、女戦士のトレードマークたるグリースを顔にまとったフュリオサは、ディメンタス将軍率いるバイク軍団との壮絶な闘いに身を投じていく。その相棒となるジャックは、前作のマックスを彷彿(ほうふつ)とさせる昔気質(かたぎ)のアウトサイダーだ。ミラー監督はアニャのすごみさえ感じさせるエモーショナルな〝瞳〟の力をフィーチャーしながら、心身両面におけるフュリオサの劇的な変容を力強く写し取った。鑑賞前に漠然と抱いていたキャスティングへの違和感はいつしか吹っ飛び、私たち観客はカリスマ的な女戦士フュリオサが〝完成〟するまでの軌跡を目撃することになる。
なぜフュリオサは〝緑の地〟をめざしたのか。なぜ左腕に義手をはめ、いかにしてイモータン・ジョーの砦の大隊長になったのか。そうした前作のミステリーをすべて解き明かす本作には、もうひとつ言及したい見どころがある。それは少女時代のフュリオサを演じたアリーラ・ブラウンだ。冒頭のシークエンスに登場するこの子役はアニャに劣らぬ強い〝 瞳〟の力の持ち主で、母親のメリーをダイナミックかつしなやかに演じたチャーリー・フレイザーともども実に素晴らしい。アニャにフュリオサの資質を見いだした慧眼(けいがん)も含め、ミラー監督の配役の妙にすっかり脱帽した次第である。