「イノセンツ」©Mer Film

「イノセンツ」©Mer Film

2023.8.05

壮絶に静かな超能力バトル ハズレなし!北欧の異色ホラー「イノセンツ」

さあ、夏休み。気になる新作、見逃した話題作、はたまた注目のシリーズを、まとめて鑑賞する絶好機。上半期振り返りをかねつつ、ひとシネマライター陣が、酷暑を吹き飛ばす絶対お薦めの3本を選びました。

勝田友巳

勝田友巳

この夏イチオシはノルウェーの異色ホラー「イノセンツ」。「ボーダー 二つの世界」「ミッドサマー」など怪作続出の北欧から出色の一作。残酷描写や大量出血は(ほとんど)ないのにゾッとする、地味な映像にもかかわらずSFアクションの痛快感もある。小粒ながら魅力が濃縮。掛け値なしの掘り出しものです。

  

9歳の少女が出会う異能者

巨大な団地に引っ越してきた9歳のイーダ。友だちはいないし、母親からは意思疎通が困難な自閉症の姉アナの世話を押しつけられるしで、機嫌が悪い。アナが口のきけないのをいいことに、靴の中にガラスのカケラを潜ませるなどという残酷な意地悪をする。団地をブラブラしていると、同じ年ごろのベンと出会った。
 
ベンは手を触れずに物を動かす力を持っていて、イーダは大喜び。一方、やはり同じ団地に住むアイシャは、言葉を交わさずアナと意思を通じ合う。超能力者の2人が姉妹と集まると、力は増幅。初めは面白がって遊んでいたが、ベンが力を使っていじめっ子に復讐(ふくしゅう)を試みて、団地に不穏な空気が漂い始める。邪悪な意思を育てていくベンを止めようと、イーダは大人たちの気付かないところで奮闘する。


「イノセンツ」©Mer Film

子どもたちの無邪気な凶暴さ

団地、子ども、超能力という設定は、エスキル・フォクト監督によれば、大友克洋のマンガ「童夢」に影響されたという。団地には、家族連れが中庭で遊ぶ和やかな雰囲気と、建ち並ぶ住居棟の無機質な圧迫感が同居する。子どもたちの無邪気さには、加減を知らぬ凶暴さに一転する怖さがある。フォクト監督はその両義性を、たくみに利用する。
 
サイコキネシスやテレパシーといった超能力がぶつかり合うのだが、ハリウッド映画のように物や光が飛び交ったり空を飛んだりといった派手なバトルはなく、画面はあくまで静か。にらみ合うベンとアナの波動で周囲の物がカタカタと震えるといった抑制の利いた演出は、かえってリアルで怖い。鬼面人を驚かす体のショッキング描写はなくても、ヒヤリとした緊迫感が途切れないのだ。
 
終盤の決戦は団地の中庭で、大勢の子どもたちが遊ぶ中、ベンとアナ、イーダが対峙(たいじ)する。動きはなくとも手に汗握る。決着が付いた瞬間の控えめなCGも、お見事!


「ベネデッタ」©2020 SBS PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA

エロスとバイオレンス 反骨の「ベネデッタ」

ブルーレイとDVDが発売されたばかりの「ベネデッタ」の主人公は、同性愛者の修道女。超能力ではなく神の奇跡で周りを驚かす。エロスとバイオレンスたっぷりのB級テイスト、しかしその底には権威に異を唱える反骨精神が流れていて、重量級の娯楽作。


 
バーホーベン監督といえば、SFアクション「ロボコップ」(1987年)、「トータル・リコール」(90年)で名を上げ、「氷の微笑」(92年)、「ショーガール」(95年)などエロチックスリラーが大ヒット。ハリウッドで売れっ子監督としてならしながら、商業主義一辺倒の映画作りにうんざりして母国オランダに帰国。第二次世界大戦中のオランダを舞台にした「ブラックブック」(2006年)や、性暴力に一撃を加える「エル ELLE」(16年)など問題作を連発してきた。


コロナ禍と重ねた皮肉と風刺

「ベネデッタ」は、バーホーベン監督が17世紀イタリアの裁判記録に触発されて構想したという。6歳で出家した修道女ベネデッタ(ビルジニー・エフィラ)は、修道院に転がり込んできたバルトロメア(ダフネ・パタキア)を助け、世話をすることになった。幼い頃から熱烈な信仰心を持つベネデッタは、キリストを幻視し聖痕(キリストと同じ傷を体に受ける奇跡)が現れ、聖人として特別視されていく。やがてベネデッタを利用しようとする教会の画策により、修道院長に任じられた。一方、バルトロメアとは同性愛の関係となり、ひそかに肉体の喜びにふけっていた。

 
金次第の修道院、出世と保身にまみれた教会幹部、そして、したたかに、時にあくどく、権力を手にするベネデッタ。善悪の色分けをせず混沌(こんとん)を突きつけるバーホーベン監督は、宗教や教会の欺まんを突き、男性が支配する権威社会でのし上がるベネデッタを毒々しく描出する。ケレン味たっぷり、ペストが流行する街に漂う終末感をコロナ禍の現代に重ね、皮肉と風刺を利かせている。


 「ベネデッタ」はBlu-ray(6380円)、DVD(4400円)が発売中

甘酸っぱさマックス 別れの切なさ描く青春群像劇「少女は卒業しない」

アクの強い2作の後は、甘酸っぱい青春もので締めたい。卒業直前の女子高生の2日間を描いた群像劇「少女は卒業しない」だ。U-NEXTで配信中のほか、DVD、ブルーレイも発売中。

 

朝井リョウの連作短編小説を、新鋭、中川駿監督が映画化。廃校が決まり、最後の卒業式を2日後に控えている地方の高校が舞台だ。恋人と毎日弁当を食べていた料理部長のまなみ(河合優実)、東京の大学に進学が決まり、恋人との別れを決めた由貴(小野莉奈)、中学からの同級生が気になっている軽音楽部長の杏子(小宮山莉渚)、図書室の先生しか話し相手がいない詩織(中井友望)。


地方の高校が舞台 卒業式までの2日間

恋に落ちるときめきと高揚感がはじけるマンガ原作のキラキラ系青春恋愛映画とは違って、本作は失われゆくものを惜しむ心の機微をしっとりと描く。高校生活も最後の時を迎え、校舎ともお別れ。恋人や友だちとも離れなければならない。4人の主人公はそれぞれの3年間を振り返るが、高校生活がバラ色とも限らない。自然がる地方の風景や校舎の表情も織り込んで、4人の心情をみずみずしくすくい取る。
 
 
例えば杏子。同じ軽音部で中学からの同級生・森崎(佐藤緋美)に好意を寄せているのに、高校に入って距離ができてしまった。森崎は外見こそパンクなものの、バンドは口パクで本気度は薄め。周囲からも軽んじられて、本当の姿を知る杏子はひそかに残念に思っている。そんな気持ちを抱きながら、自転車に2人乗り。緊張感とうれしさとがない交ぜになって、なんとまあ甘酸っぱい。最後に用意された森崎の晴れ舞台、胸いっぱいの青春の歌声に、暑さを忘れて聴き入ってしまおう。
 

「少女は卒業しない」はブルーレイ、DVD(ともに5720円)が発売中

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。