「CLOSE/クロース」©Menuet  Diaphana Films  Topkapi Films  Versus Production 2022

「CLOSE/クロース」©Menuet Diaphana Films Topkapi Films Versus Production 2022

2023.8.18

英国で出合った自分を見つめ直す3作 少年を孤独と疎外から救う〝祈り〟「CLOSE/クロース」

さあ、夏休み。気になる新作、見逃した話題作、はたまた注目のシリーズを、まとめて鑑賞する絶好機。上半期振り返りをかねつつ、ひとシネマライター陣が、酷暑を吹き飛ばす絶対お薦めの3本を選びました。

ひとしねま

川原井利奈

ロンドンの生活も3年目。今年は気温があまり高くなかったせいか8月半ばのこの街は、既に肌寒くなり始め日も少しずつ短くなり、夏の終わりを意識させられる。こちらの映画館で出合ったお薦めの3本は、あることがきっかけで他者を見つめ直し、その結果自分自身を見つめ直していく、そんな物語たちだ。

カンヌ国際映画祭カメラドール監督の新作


 
1本目には、少年たちの心の機微を痛みと共に描いた「CLOSE/クロース」。本作を監督したのは、前作「Girl/ガール」で第71回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督 賞)を受賞し、鮮烈なデビューを飾ったルーカス・ドン。主演に俳優デビューとなるふたりを起用し、美しい田園風景と共に、「子ども」と「ティーンエイジャー」のはざまともいえる世代の揺らぎや戸惑いをそのままに映し、未分化の心の混沌(こんとん)とどう向き合っていくのかを丁寧に描いている。
 
レオとレミはいつも一緒に遊んで いた。世界はふたりのものだと思っていた。学校でも仲良く過ごしていたが、ある日レオは周りの目線の違和感に気づく。自分たちを笑う声が聞こえ、無視しようとしても、どんどんその「雑音」はうるさくなる。戸惑いや不安に耐えられなくなったレオは、自分に近づいたレミを拒絶してしまう。レミの悲しそうな顔にショックを受けるも、周囲の好奇の目がいくらか収まったように感じ「自分の行動は正しかった」と言い聞かせる。ある日、耳を疑う知らせが入るまでは……。


「CLOSE/クロース」©Menuet Diaphana Films Topkapi Films Versus Production 2022

ひとりじゃない――手を差し伸べる大人たち

学校という空間は、幼い子どもたちに集団生活を促し、知識を与え、これから出会う大きい社会に向き合う準備をさせる。しかしその小さな(あるいは初めての)〝社会〟は受け皿も小さく、なじめない人間を排除してしまう。
 
「CLOSE/クロース」の特徴的な部分は、子どもたちの目線で、〝社会〟の残酷さだけではなく、かれらが歩んだ先に待つ〝大きな社会〟で生きる先輩たちのサポートを丹念につづっていくところ。レオの両親や兄といった家族が何度でも優しく、辛抱強く手を差し伸べていく。
 
社会を生きていくうえで疎外感や孤独にさいなまれるときもあるだろう。または、かつてそのつらい環境で生きてきた人もいるだろう。だが君はひとりじゃない、誰かと支えあって生きていけるのだ。本作を見た誰かの心が、どうか救われてほしい。そんな祈りに近い何かを感じた一本だった。
 
「CLOSE/クロース」は全国で公開中。
 

英国でスマッシュヒット「秘密の森の、その向こう」

2本目は、73分というコンパクトな尺の中でファンタジー要素を用いて描いた「母と子の確執」と「赦(ゆる)し」の物語「秘密の森の、その向こう」。


 
「燃ゆる女の肖像」で、誰にも有無を言わせないしたたかで美しい傑作を生み出した監督セリーヌ・シアマは一気にその名を世界に知らしめた。その作品の直後に製作のニュースが発表され、私にとって待望の新作であった。「いち早く見たい」というその一心で、ロンドンで2021年の冬に鑑賞したが、ロンドン最大級の配給会社MUBIが配給していたので、インディペンデントの映画ながら、かなりの公開規模で上映されていた印象がある。ロンドンの初週の興行収入は、フランスに次いで2位であった(IMDb調べ)。
 
本作は、「子どもには分からない」という大人の決めつけと、「親は親として生まれてきた」という子どもの幻想を「同い年の母親に出会う」独創的な設定で解体してしまう。大人もかつては子どもであり、子どももいずれは大人になる。地続きであることが当たり前なのだが、当人たちはなかなか気づけない。親は子どもだったときのことを忘れ、子は「親の幼少期」まで想像力を働かせられない。そんななか、本作は映画というマジックでもって、双方にその誤った先入観を気づかせる。


「秘密の森の、その向こう」© 2021 Lilies Films France 3 Cinéma

母娘の歩み寄りうながす思いやり

人生は思っていたよりもあっという間に過ぎていくもの。しかし「短い」と言い切るにはあまりにも多くのことが降りかかり、時に喜びに満ち、時に悲しみに身を引き裂かれる。背が伸び、しわも増えていくといった身体的な変化と同時に、心の傷が増え、間違いを知り、己の欲望に気づくといった精神的な変化も避けられない。当人からしたら「子ども」の自分も「大人」の自分も地続きだが、それらの外的/内的な変化のすべてを他者は見届けられず、別人のように扱ってしまうこともあるだろう。
 
親子関係においては、子どもからすれば、見えるのはやはり「母親」としての相手の姿だけ。それはきっと、本作の主人公のネリーも我々観客も同じ。しかしこの映画を見終えた我々は想像力という〝思いやり〟をもって、以前よりは少し歩み寄ることを選べるのではないだろうか。
 
「秘密の森の、その向こう」はブルーレイ(5170円)、DVD(4180円)が発売中。
 

「アステロイド・シティ」 ロンドンを席巻



ウェス・アンダーソン監督の勢いが止まらない。「フレンチ・ディスパッチ」を見た記憶も新しいままに、新作「アステロイド・シティ」の公開の知らせが届き、8月30日に開幕する第80回ベネチア国際映画祭のラインアップには、さらなる新作「The Wonderful Story of Henry Sugar」の名が載っていた(本作はロアルド・ダールの小説を映像化した30分前後の短編だそうだ。Netflixで配信予定)。コロナの影響を受けないどころか加速し続ける、その創作意欲には頭が下がる。

日本では9月1日公開の「アステロイド・シティ」だが、ロンドンでのウェス・アンダーソン人気はかなりのもので、街の各地で劇場装飾が見受けられた。膨大な量の、実際に現場で使われた小道具や衣装が飾られた展示会も映画公開の同じタイミングで開催されていた。


「アステロイド・シティ」©2022 Pop. 87 Productions LLC
 

鬼才が問うポスト・コロナの日常

スペインで撮影された「アステロイド・シティ」は、広大な砂漠地帯に、〝突如〟登場する、こぢんまりとした街で繰り広げられる数日間の物語だ。ローテクな街のからくりとアンダーソンらしい小道具の細部に至るまでの配慮に笑みがあふれる。数十人だけが住み、皆が日々変わらぬ生活を営むような小さな街に、ある日、宇宙人が姿を現した。情報が外に漏れないようにと、やみくもに規制をかけていく政府や権力者たち。宇宙人の存在を認め、その謎に迫ろうとする子どもたち。これはアンダーソンの脳内宇宙をただ映像化した現実離れしたファンタジーなのだろうか? 果たして、この世に起こり得ぬことなどあるのだろうか?
 
コロナ禍を経験し、当たり前や、そうあるべきだと思っていたことなんて、簡単に崩れることを知ってしまった我々。ニューノーマルを前にして、慣れ親しんだノーマルをなかったことにするのが正しいのだろうか? いや、そんなことはない、と気づき始めたのではないか。そんなタイミングでアンダーソン監督が放つ痛切なメッセージに、ただ監督独自の可愛らしい世界観を楽しみに映画を鑑賞していた私は、ハッとさせられてしまった。時にフィクションはどんな現実よりも私たちにリアルを突きつける。

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ライター
ひとしねま

川原井利奈

かわらい・りな ライター。映画配給会社勤務を経て、現在はロンドン在住。

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