さあ、夏休み。気になる新作、見逃した話題作、はたまた注目のシリーズを、まとめて鑑賞する絶好機。上半期振り返りをかねつつ、ひとシネマライター陣が、酷暑を吹き飛ばす絶対お薦めの3本を選びました。
2023.8.16
肝が冷える3作 映画館に出向く価値あり!「ミンナのウタ」
夏の納涼ホラーは、今や家に居ながら配信で楽しめる時代。この記録的な酷暑の中、わざわざ映画館まで出向く価値のあるホラーなんて公開されているのだろうか? 答えはイエス。ずばり筆者のオススメは「ミンナのウタ」。「呪怨」シリーズでJホラーをけん引してきた清水崇監督が、人気ダンス&ボーカルグループのGENERATIONSとタッグを組んだ一作である。
GENERATIONSのメンバーが実名で
ラジオ番組のパーソナリティーを務めるGENERATIONSの小森隼が、局の倉庫から発見された古いカセットテープを再生したのち、行方不明になってしまう。マネジャーの凜(早見あかり)は中年探偵の権田(マキタスポーツ)に調査を依頼するが、GENERATIONSの他のメンバーも次々と異変に見舞われていく。やがて権田と凜は、30年前のテープの送り主の素性を探るのだが……。
前時代のアナログ媒体であるカセットテープを〝呪い〟のアイテムに仕立て、そこに記録された不明瞭で怪しげな〝音声〟が見る者のネガティブな想像力をかき立てる。かぐや姫の解散コンサートに幽霊らしき女性の声が収録されていた、という有名な都市伝説的エピソードも盛り込み、実録風のリアリティーを打ち出した。
「ミンナのウタ」©2023「ミンナのウタ」製作委員会
清水監督の心霊描写もさえ渡っている。同じ時間軸の出来事を巧みに視点を変えて反復し、えたいの知れない呪いが拡散していく様を映像化。とりわけGENERATIONSがライブのリハーサルに打ち込むスタジオ内に、少女の幽霊が出現するシーンは鳥肌もの。また、GENERATIONSのメンバーそれぞれが実名で演じるキャラクターが有機的にドラマに組み込まれており、きらびやかなパフォーマンスでファンを魅了する彼らのパブリックイメージと、呪いのメロディーをフィーチャーしたフィクショナルな〝音声ホラー〟が見事に融合した好企画となった。
「ミンナのウタ」は全国公開中。
クローネンバーグ節さく裂「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」
「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」は「マップ・トゥ・ザ・スターズ」(2014年)以来、久々となるデビッド・クローネンバーグ監督の新作だ。同監督が商業映画デビュー前に手がけた中編「クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立」(1970年)を想起させる題名だが、リメークでもリブートでもないオリジナルストーリー。「イグジステンズ」(99年)から実に23年ぶりにSFジャンルへ回帰したディストピア映画だ。
地球の環境悪化に順応するため、人類の肉体に変異が起こり始めた近未来世界。パフォーマンスアーティストの主人公ソール・テンサー(ビゴ・モーテンセン)は〝加速進化症候群〟のため自らの体内にできる新たな臓器を、パートナーのカプリース(レア・セドゥ)に摘出させるショーで人気を博している。そんなある日、ソールはラングという怪しげな男から〝特別な死体〟を使った新たなショーを持ちかけられるのだが……。
「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」© Serendipity Point Films 2021
ボディーホラーの鬼才の最新版
カンヌ国際映画祭コンペティション部門での上映時に退出者が続出したとの触れ込みどおり、序盤からグロテスクな場面の連続だ。〝加速進化症候群〟なる奇病のせいで体調不良に苦しむソールは、食事や睡眠といった日常生活を機械による補助に頼っているのだが、ブレックファスター・チェア、オーキッド・ベッドなどと呼ばれるそれらの機械は、「エイリアン」のH.R.ギーガーがデザインしたのかと見まがう薄気味悪い生命体のよう。さらに、ソールが巨大な岩のようなポッドに身を埋める臓器切除ショーは、あからさまに旧来のセックスの代替行為として映像化されている。
もともとクローネンバーグは「ザ・ブルード/怒りのメタファー」(79年)、「ビデオドローム」(82年)、「ザ・フライ」(86年)などで社会環境の変化やテクノロジーの進化が人間に及ぼす影響を、特殊メークを駆使して描いてきたボディーホラーの第一人者。いわば本作は、今年80歳になった鬼才が放つその最新バージョンだ。
劇中にはプラスチック製品をむしゃむしゃ食う少年、チョコバーのように形成された有毒な化学廃棄物を摂取する新人類も登場。それらのエピソードからは現代の環境問題への警鐘も読み取れるが、まずは唯一無二のシュールでノワールな映像世界にどっぷり浸るべし。
「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」は8月18日全国公開。
高所600メートルで孤立「FALL/フォール」
この夏オススメの3本目は、今年上半期の中で最もストレートに〝肝を冷やした〟映画、それが「FALL/フォール」(22年)だ。
ある特殊な状況のもとで主人公たちが繰り広げる極限のサバイバル劇、いわゆるシチュエーションスリラーなのだが、その設定が問答無用で恐ろしい。親友同士である若き女性クライマー、ベッキー(グレイス・キャロライン・カリー)とハンター(バージニア・ガードナー)が挑んだのは、砂漠にぽつんとうち捨てられたようにそびえ立っている古いテレビ塔。必死によじ登って最上部に到達したものの、さび付いたハシゴが崩落したことで地上600メートルのその場で孤立してしまった彼女たちの運命を映し出す。
「 FALL/フォール」© 2022 FALL MOVIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
米カリフォルニア州に実在する鉄塔サクラメント・ジョイント・ベンチャー・タワーをモデルにして、とてつもない〝高所〟の恐怖をひしひしと伝えるビジュアルのインパクトのすさまじさに、何度も身をよじって戦慄(せんりつ)また戦慄。それでも生き延びる方策を模索する2人の苦闘から目が離せず、ストーリーの意外なひねりに息をのまずにいられない。その怒濤(どとう)のサスペンスに耐えられるか、〝肝試し〟のつもりでぜひどうぞ。
「FALL/フォール」はU-NEXTなどで配信中のほか、ブルーレイ+DVDが発売中(5,720円)