第76回毎日映画コンクール 美術賞 「燃えよ剣」原田哲男

第76回毎日映画コンクール 美術賞 「燃えよ剣」原田哲男

2022.3.01

美術賞 原田哲男「燃えよ剣」 大好きな原作 がんばらしてもらった

日本映画大賞に「ドライブ・マイ・カー」

男優主演賞 佐藤健「護られなかった者たちへ」
女優主演賞 尾野真千子「茜色に焼かれる」


第76回毎日映画コンクールの受賞作・受賞者が決まりました。2021年を代表する顔ぶれが並んでいます。受賞者インタビューを順次掲載。
1946年、日本映画復興を期して始まった映画賞。作品、俳優、スタッフ、ドキュメンタリー、アニメーションの各部門で、すぐれた作品と映画人を顕彰しています。

ひとしねま

ひとシネマ編集部

池田屋をほぼ原寸大で再現 迫真の殺陣の舞台


映画美術の仕事は通常、スクリーンの中にしか残らない。どんなに立派なセットも、撮影が終わったらバラして撤収が宿命だ。しかし原田哲男が手がけた「燃えよ剣」の池田屋は、滋賀県彦根市に残っている。この作品で毎日映コン美術賞を受賞した。

 
受賞を記念して保存、というわけではない。元々恒常の時代劇セットとして利用することを想定して造られたのだ。司馬遼太郎の代表作の一つを映画化するのは、原田眞人監督の念願で、山場の池田屋事件はオープンセットでリアルに撮りたいという意向だった。まず池田屋ありきで、映画は始まったのである。
 
その美術を任されたのが、原田哲男である。原田監督とは「駆込み女と駆出し男」以来4本目、毎日映コン美術賞も同作に次いで2度目である。「燃えよ剣」には思い入れがあり、「初めて読んだ幕末もので、ぼくも大好き。がんばらしてもらった」。
 
池田屋はほぼ原寸大、通常の映画セットと異なり、造りも堅固だ。京都・三条通を模した町並みに、周辺の町家、伏見奉行所も建てられた。

 

本職の大工と宮大工が建てた映画セット

「残しておく前提なので、映画の大道具ではなく、地元の本職の大工さんや宮大工さんに建ててもらった」。しかし映画のセットは、撮影のために壁や建具を外したり変えたりできないといけない。「そこを分かっていただくのがけっこう大変でした。事前に彦根から京都の撮影所まで来てもらって、映画のセットはこういうもんですと見せて」
 
「ほぼ」原寸大なのが映画らしい。「調べられることは調べて極力再現しようと思いましたが、学術映画ではないので。大まかな形を押さえたうえで、監督の、ああいう動きをしたいという構想でだいぶアレンジされてます」。部屋は実際より狭いし、裏庭は町家にしてはだだっ広い。「研究者が見たら『なんやこれ』っていうかもしれないです」。周囲の町家とのバランスや、立ち回りの演出の都合である。「裏庭はスカスカで、昼間は見られません」と笑うが、映画は映ったものが全て。近藤勇ら新選組と、密談中だった尊皇派志士との斬り合いは、2階の部屋から裏庭に出て続く。脚本で10ページの及ぶ場面は、迫真の殺陣となった。
 
京都・松竹撮影所の美術部に所属。専門学校を卒業し、制作会社でテレビドラマやCMを手がけているうちに、京都で美術助手を探しているという話が入ってくる。「お前行けと放り出された」。テレビの時代劇ドラマが何本もあった時代で、多忙を極めた。時代劇は何も知らず、4、5年助手として修業するつもりが、半年で1本立ち。最初は工藤栄一監督がメインのドラマで「よくやらせたと思います。右も左も分からず、なんとかこなすのが精いっぱい」。
 

「映画ロケ地 自然環境、隠れた財産 /滋賀」 毎日新聞ニュースサイト

大映京都撮影所の本物志向受け継ぎつつ柔軟に

京都の松竹撮影所は、時代劇美術で名をはせた旧大映美術部の流れをくむ。溝口健二らと組んだ西岡善信らの仕事を目のあたりにし、大映時代劇の伝統とノウハウを体にしみ込ませた。何しろ忠臣蔵を撮るのに松の廊下を原寸で建て、国宝級の茶器を飾りに持ってこさせたという溝口である。
 
「昔はそうあるべしと思ってました。史料にある通りじゃなきゃいけないと。でも、今はそこまでガチガチではなくなってます。本当はこうだろうけど、これぐらい動けた方がいいねみたいな。こんなとんでもない変更して、どう映るんだと思っても、画(え)を見ると別に気にならんなと。理想は完璧な再現でも、違和感のないことと質感ですね。予算をかけられることもめったにないですし」
 
時代劇を全く知らずに京都に来る監督もいる。「引っ越し大名!」の犬童一心監督は「時代劇は一切分かりません」と宣言したとか。「常識的にはこういうことですという図面を見せて、その上で監督のしたいことに合わす。京都にはあれこれ意見を言う人もいるので、そういう人たちにもひっぱられるのではないでしょうか」
 
「美術は、監督のやりたいことを助ける位置」。今でも、時代劇と言えば京都。予算や時間、演出プランなどの制約の中で、柔軟かつリアルに時代を再現する。伝統は着実に息づいている。

ライター
ひとしねま

ひとシネマ編集部

ひとシネマ編集部

カメラマン
ひとしねま

松田嘉徳

まつだ・よしのり 毎日新聞事業本部カメラマン

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