左からネツゲンの大島新さん、前田亜紀さん、ナカチカピクチャーズの小金澤剛康さん

左からネツゲンの大島新さん、前田亜紀さん、ナカチカピクチャーズの小金澤剛康さん

PRナカチカピクチャーズ

2024.1.18

3日前に映画化は滅多にないが、テレビではよくあること「NO 選挙,NO LIFE」などドキュメンタリーを製作するネツゲンのこだわりの話

鈴木隆

鈴木隆

おもしろいドキュメンタリーを見てもらうには!

 野心的な作品を相次いで製作、公開しドキュメンタリー映画界に新風を吹き込んでいる製作会社ネツゲンとひとシネマによる「ドキュメンタリー問答 with ひとシネマ」が行われ、ユーチューブでも公開されている。現在、全国拡大公開中の「NO 選挙NO LIFE」を中心に、「国葬の日」など選挙や政治、社会の問題を多彩な視点でとらえ、公開の仕組みや宣伝、興行にも果敢な挑戦を続けているネツゲンの狙いについて熱く語っていただいた。


 
出席者は「NO 選挙」のプロデューサーで「国葬の日」の監督でもある大島新さん、「NO 選挙」監督の前田亜紀さん、配給・宣伝した配給会社ナカチカピクチャーズ代表の小金澤剛康さん。同作は全国50館以上で公開されており、ドキュメンタリー映画としては高い浸透度と新たな実践にチャレンジしている。
 

反響拡大「NO 選挙,NO LIFE」

 「NO 選挙」は昨年11月18日の公開以来、ドキュメンタリー映画ファンだけでなく全国の映画ファン、政治や社会に関心を持つ多くの人から支持されている。「長年選挙専門取材を続けているフリーランスライターの畠山理仁さんを通して選挙の面白さを伝えたいと考えていたが、選挙だけでなく畠山さんの生きざまに自身を重ねるなど背中を押してもらった」といった反響も多かったと前田さん。

 
大島さんも「中年青春ドキュメンタリーとしてご覧になる方もいて、(鑑賞が)9回目とか、10回目といったリピーターも結構いた」と反応の高さに驚いた。さらに「ドキュメンタリー映画は一般的にシニア層など観客の年齢層が高いが、この作品は40代や50代、もっと若い層のお客さんが目立った。配給宣伝戦略の力も大きかったのではないか」と続けた。

 

シネコンで上映、圧倒的な熱量とともに 

大ヒットの背景には、ドキュメンタリー映画では画期的な配給宣伝戦略がある。ドキュメンタリー映画を上映する劇場は、東京都内ではポレポレ東中野など数館に限られているが、本作はTOHOシネマズ日本橋でも上映された。シネコンでの上映は極めて異例だった。背景を小金澤さんが解説する。「とにかく熱量を感じた作品。お客さんのアクセスも考えて山手線の沿線近辺のシネコンでも上映したかった。ドキュメンタリーだからという考えではなく1本の映画としてとらえ(シネコンでの)上映を確信した」。大島さんも「私たちには全くない発想。ドキュメンタリーの作り手の発想では上映館は固有の映画館に限られている。劇場営業の方は最初からTOHOで、と言ってくれた」、前田さんも「大きなスクリーンで見ることができたことにお客さんも喜んでくれた」と感謝の気持ちを示した。「平日の夜なのにプレミアシートが完売になったこともあった」と小金澤さん。

 
シネコンでの上映は、ドキュメンタリー映画の公開劇場の枠を突き破る大きな転換をもたらした。それだけではない。発声応援上映も実施したのである。小金澤さんはこの映画への応援のしかたはアニメの上映にも似ていると痛感した。「畠山さんがこの(ライターという)仕事をやめようと思った時に『やめないでくれ』という反応があった。配給宣伝のスタッフも面白いからやってみようと考えた。上映中『やめるな』とか『(登場する候補者に)がんばれ』とか応援の声が飛び交った」。一部の音楽映画などで実施されてきた発声応援上映の対象になる映画にも風穴を開けた。

 

機動力を重視、ネツゲン作品 

「ドキュメンタリーだから、劇映画だから、この劇場やこのやり方というのはあまりない。特にこの映画は、公開してからも畠山さんの日々の活動は続いていて、公開前も公開中もプロモーションはずっと続いている。公開中に見てくれた人たちの声がこの作品を作りあげていったといってもいい」。小金澤さんにとっても映画への向きあい方に一つの方向性を感じる作品だったようだ。前田さんも「ナカチカさんは公開中もずっといろいろな方策を考えてくれる。本編でやむをえずカットしたシーンを紹介する『やむ落ちアフタートーク』などもその一つ」と目を輝かせた。

 
ドキュメンタリー映画は少人数で製作し、特に監督の負担が大きく、完成までにかなりの力や時間を費やすケースが少なくない。「NO 選挙」をはじめとしたネツゲンの作品には、その点で〝 機動力〟があるのも特徴と言っていいだろう。大島さんはその理由を「前田さんと二人で監督をしたりプロデューサーになったりして補い合いながら、もう一人のスタッフを加えてチームで進めているのが大きい。作った後の展開についても、配給会社さんも含めコラボする感覚」と話せば、前田さんも「売っていくことの厳しさをすごく知っているので、作って終わりという発想は考えられない」と明快だ。良い作品を作るのはもちろん大事だが、その後の展開も極めて大切。「埋もれてきた良作も多い。なんでこの作品が……。もっと違うやり方があったのでは、と感じる作品もある」と述懐する。
 

「国葬の日」の3日前にGOサイン

 ネツゲンは2023年に「劇場版 センキョナンデス」と「シン・ちむどんどん」、「国葬の日」を合わせ選挙や政治を扱った4本の作品を完成、公開した。「なぜ君は総理大臣になれないのか」(20年)による出会いや縁もあって、それが起点になって続いたという。「センキョ」と「シン」はダースレイダーさんとプチ鹿島さんが発信力を発揮。「2人は自分たちの見え方についてとても客観的で、常に監督としてジャッジする」と映画製作をスムーズにさせる言動にも感謝の意を示した。

 
「国葬」は国葬をテーマにした映画を作る考えはあったが、大島さんは全国10カで撮影して映画にすることを「3日前に決めた」と驚きの発言。「私も前田もテレビ出身。3日前に決めたりとかは映画では滅多にないが、テレビではよくあること」とサラッと語る。「映画にできるような魅力的な素材が撮れるかどうか分からないが、やらないで後悔するよりやってみよう」と全国10カ所にカメラを配置して、と実行に移した。
 

題材への尽きない関心、宣伝していて面白い作品

 今後のネツゲンはどんな方向に進むのか。前田さんは選挙の作品に深くかかわった経験から「参政権を持たない人たちのことが気になっている」と話す。「在日コリアンの方を含め、政治の影響を受けているにもかかわらず選挙権がない人たちのことが気になる。畠山さんを撮ろうと考えたのもそうだが、題材選びは、現場で見つけた種から生まれる。タイミングが合うとそれが形になる。いつか形にしたい種はたくさんある」と題材への関心は尽きることがない。
 
だが、社会や歴史、政治を扱った作品の興行は一部を除き「難しい」というのが映画の世界の定説。小金澤さんは「コロナ以降、分かりやすい作品で事前に何らかの安心感をもらわないと劇場に足を運ばなくなってしまった」と現場の感覚を代弁する。「そうした作品に日が当たりにくくなっている」と懐疑的だが、「『福田村事件』のような作品がヒットすると勇気をもらえる」とも。「弊社で担当した『Winny』のように史実をどうドラマチックに語るかが安心材料になるのかも。『Winny』も宣伝は面白かった。『NO 選挙』もしかり。宣伝していて面白い作品という共通項がある」と一つの傾向を示唆した。
 
「ドキュメンタリーは競技人口がまだ少ないが広げていけば見る人も増える。ダースレイダーさんやプチ鹿島さんと組んだのはこうした意味合いもある」。大島さんは「作り手も配給さんも、ドキュメンタリーも劇場で見て面白いと思ってもらえれば変わっていく」と先を見据える。前田さんは「製作資金をどう回収するかが問題。『センキョナンデス』は映画資金パーティー(笑い)という配信イベントを行い効果があった」とさまざまな取り組みについて語った。

 

「日米地位協定」「沖縄」に期待

 最後に今後手がけたいテーマについて聞いた。大島さんはズバリ「日米地位協定について」。「今まで監督として作ってきたものより、規模も予算も大きくなりそうなので時間をかけてやってみたい。タイトルは『占領下』。これまで取り上げた政治家、選挙、有権者からもつながっている問題」。前田さんは「沖縄」。「本土にいる私ができる沖縄。これまでの映画からも沖縄は切り離せないテーマとなった」と話す。ともに壮大な映画になりそうだ。大いに期待しよう。

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
田辺麻衣子

田辺麻衣子

たなべ・まいこ 2001年九州産業大学芸術学部写真学科卒業後スタジオカメラマンとして勤務。04年に独立し、06年猫のいるフォトサロンPINK BUTTERFLYを立ち上げる。企業、個人などさまざまな撮影を行いながら縁をつなぐことをモットーに活動中。