誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
「35年目のラブレター」©2025「35年目のラブレター」製作委員会
2025.3.08
笑福亭鶴瓶と原田知世/重岡大毅と上白石萌音 2トラックで涙と笑いを倍増させた「35年目のラブレター」
今回の作品について語る前に登場させる人物は、2024年に13年ぶりに訪日して話題になった世界的な武術家であり映画人、ジャッキーㆍチェンである。「また何を言っているのか」と思う方々には「少々お待ちください」と申し上げたい。
ジャッキー・チェンが明かした秘密
彼は筆者に、(韓国の)お盆を思い出させる。まず、韓国の映画ファンには事実上のデビュー作だった「ドランクモンキー 酔拳」と「プロジェクトA2 史上最大の標的」、ゴールデンㆍハーベスト創立20周年記念作の「奇蹟/ミラクル」や、「ポリス・ストーリー3」などが全てお盆シーズンに公開され、レンタルビデオの新作発売日も同様だった。さらに面白いのは、2010年代まで彼が韓国の地上波テレビのお盆特選映画の最多出演俳優だったこと。
11年のお盆シーズン、9月13日に韓国ㆍ文化放送のヒューマンドキュメンタリー番組「ヒストリーㆍフー(History Who)」で、長い間誰も知らなかったジャッキー・チェンの秘密が公開された。彼は、それまで出演した100本以上の映画のシナリオを、丸ごと暗記して撮影に臨んでいた。一部では難読症というウワサもあったが、この番組で明かされたのは、その理由が幼い頃の涙ぐましい事情にあったということだ。
「35年目のラブレター」©2025「35年目のラブレター」製作委員会
他人のセリフまで暗記するしかなかった
貧しい家庭環境で両親と離れ、一人で中国戯劇学院に通った彼は、一日中続く厳しい訓練で正規教育を受ける機会を逃した。そのためデビュー後も字を読むことができず、周りの人にシナリオを読んでほしいと頼み、他人のセリフまで暗記するしかなかった。時にはこのような状況があまりにも過酷で、俳優生活を諦めようと悩んだこともあったという。しかし、アクション演技だけは自信があり、どんなに危険な場面でも果敢に挑んで今日に至った。無名時代には、香港では冬のシーンが撮りにくいなど気候上の制約もあり、ロケ地として好まれていた韓国でスタントマンをしながら青春期のひとときを過ごした彼が打ち明けた個人史。
今は英語のセリフさえ流ちょうに話すようになったワールドスターのこの告白は、当時メディアに記事が出るほど話題になった。読み書きができないと言えない悩み。ほとんどの人が義務教育を受ける環境で、それがどれほど悲しくて大変なことだったかを知った多くの人々は胸を打たれた。
そしてもう一つ感動的だったのは、彼が非識字者だと告白しなくてもいいように、シナリオの暗記を助けながら「ワールドスターの活躍」を支えた周囲の人々の同志愛だ。「35年目のラブレター」は、「口にできない困難と、それを乗り越える愛」というヒーローから一般人まで共感できる題材に、実話特有の訴求力まで備えている。
言葉にしない思いを伝える
筆者が「35年目のラブレター」を必ず見ると心に決めたのは、153年前にアジアで事実上初めて近代的な初等教育を実施したこの国と思えない悲しみを背負った主人公西畑保を、ペーソスとユーモアを合わせた演技が持ち味の「落語の巨人」、笑福亭鶴瓶が演じているから。15年前、吉永小百合と奇跡的な共演をし、すぐに筆者の人生映画リストに入った「おとうと」で、悩みの種だが決して憎めないタイトルロールを演じた彼は、「35年目のラブレター」では、「全天候型女優」と言えるほど安定的な演技力を見せる原田知世を妻の皎子役に迎え、奇をてらったストーリーテリングや技巧を凝らした映像より魅力あふれる人物を提示するこの正攻法の作品で、彼女と共に楽しさを届ける。
例えば、西畑保は一人親家庭と絶対的貧困の犠牲者だが、映画では彼をただの「不運な男」ではなく、おうような心構えと笑顔を失わないかわいいおじさんとして描いている。そんな彼の、字を読む目となり書く手となり、弱音を吐くことなく明るくほほ笑み、彼が書類に署名を求められる度に機転の利いた言い訳をする皎子は、我々の目頭を赤くさせる愛情深い存在として、画面に没頭するのに多大な貢献を果たしている。非識字という困難と戦いながら生きていくこの夫婦の姿が表すのは、単に「葛藤の解決」ではない。映画の中の人物が口では伝えられなかった気持ちを時間の流れに沿って見せ、観客が彼らの成長を共有する極上の映画体験を提供している。
昔と今を併置させるヒューマンドラマ
そして特記すべきは、重岡大毅と上白石萌音が演じる2人の若い頃を通じて構築される、映画のツートラック構造だ。若い2人の話は、昔と今の自分自身があるところではつながっているが一方では全く別人であるように、単純なフラッシュバックではなく一本の映画とその前日譚(たん)を同時に見るような楽しさを与えてくれる。保がたこ焼き好きなのは変わらなくても、若い頃は時によってはアーティストを連想させる感性を持った繊細な人物だったのが、年を取るともう少し温かく、人を包容する魅力が増している。皎子も同じく別々の魅力を持っている。若い頃の彼女はかわいい外見に対比される大人らしさと頼もしさで厳しい成長期を経てきた夫を励まし、年を取っても若々しく絶えず夫のモチベーションを高める一方で、色あせないロマンスを続けている素晴らしい人だ。
主人公夫婦の青春期と老年期をただ対比させるのではなく、カルテットのような構成で併置する傑作。一体誰がこのような人間味にユーモア、ペーソスがひとつになった映画を作ったのか気になって調べてみると、「時効警察」シリーズ(テレビ朝日)、「ドラゴン桜」(TBS)など数多くの人気ドラマや、愉快な笑いであふれるウェルメードコメディー映画「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」を手がけた塚本連平が、監督とシナリオまで担当したことを確認して納得した。なるほど、木下恵介の系譜を継ぐ25年のジャパニーズヒューマンドラマの代表作にふさわしい。まるで新鮮なネタで丁寧に作られたすしの盛り合わせが置かれた食卓に座っているようだ。
久しぶりに疎遠だった家族、あるいは大事な人と一緒に出かける機会が、春に向かう道で皆様を待っている。