「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」©2024 Media Asia Film Production Limited Entertaining Power Co. Limited One Cool Film Production Limited Lian Ray Pictures Co., Ltd All Rights Reserved.

2025.2.15

マニア歴半世紀香港映画通も感涙 大ヒット「トワイライト・ウォリアーズ」のパロディーとオマージュと〝本気度〟

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

筆者:

ひとしねま

川崎浩

一言でジャンルを言い表せば「アクションコメディー」である。描かれているものは「絶頂期の香港映画への郷愁と賛歌」である。香港映画ファンとしてはじからはじまで、たっぷりと楽しませてもらった。

「アクション」と言っても、最近の意味ありげにもったいつけたハリウッド製や、子供がわめくだけの日本製と同様のものを思い浮かべると、肩すかしの後に体落としを食らう。暗い調子の画面の中、汚いおっさんたちが、何の容赦もない殴る蹴る斬る刺す撃つ絞めるの連続攻撃を飽きもせず繰り返すという、とてもデートに薦められる映画ではない。それでいながら「絶対もう一度見るゾ」という中毒的快感を抱かせてしまう、誠にヘンな大作である。


14階(ぐらい)、住民5万人の無法地帯

全編で物語の舞台となる、香港のスラムビル街・九龍城砦(じょうさい)を知らないと面白くない。1898年、香港が清朝中国から租借される時、「九龍城」(これはKowloon Cityと英訳される地域のこと)だけが中国統治のまま引き継がれる。が、その後、中国の国家体制などの変化で中国も手を引き「住民の自治区」=「無法地帯」となってしまう。そこは100年の歴史の中で少しずつ形を変え、「九龍城砦」(Kowloon Walled Cityという表記になり、石壁で囲まれたとりで状態を表す)という、バラックとビルが積み重なった「城」に集約されていく。それが、1997年の香港返還を前にした80年代に住民移転、解体計画が持ち上がる。映画は、この時期の「城」を舞台にして進行する。

「城」の中心部には小さな道教の祠(ほこら)があったらしいが、それを中心として、雪だるまのように建築物が建て込み、さらに「無法」だから駆け込み寺のように困った人々が吸い寄せられ、底地200メートル×120メートルくらいに14階(くらい)の積み木細工が重ねられ、なんと最大5万人が住んでいたと言われる。学校も老人ホームも自警団もあったというから、もはや「治外法権の民主社会」と言える。つまり「九龍城砦」は、香港映画人としては大国の締め付けにも屈しなかった「香港魂」の象徴なのだ。ちなみに、本物の九龍城砦に初めて映画カメラが入ったのは、千葉真一主演の「ゴルゴ13 九竜の首」(77年)である。


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義理と人情 男気満載の血みどろアクション

映画では、「城」のリーダーで理髪店主の役に、渋くなったルイス・クーを起用。その仲間に地主役のリッチー・レンらが配役され、「城」の乗っ取りにかかる敵役の黒社会のボスがサモ・ハンという豪華な布陣で臨む。アーロン・クォックを最強の殺し屋としてチラ見せするのはご愛嬌(あいきょう)だが、物語のキーマンなのでお見逃しなく。

彼らもバリバリにアクションするが、メインの戦いは、本土から生まれ故郷の香港へ逃げてきた若者を演じるレイモンド・ラム及びその仲間4人と、サモ・ハンの部下でばか笑いの気功男役フィリップ・ンが受け持つ。で、物語は単純明快。「真の男の義理と人情と因果と欲が絡み合い」「リアルな血みどろの暴力シーンを連発」し「万感胸に迫るラストシーンを迎える」。以上終了。

おいおい、今の時代、こんな、男女人種平等も人権もコンプライアンスもどこにもない映画が通用するのか! これでは誰も見に行かない。では、何が面白いのか? せっかくなので少々説明したい。


残虐の極み、でも誰も死なない

まず、残虐の極みのアクションシーンだが、よく見ていると「誰も死なない」。何十回と鎌で斬られても死なない。10階くらいから落ちても死なない。バイクにもろぶち当たっても死なない。もちろん弾が当たったくらいではびくともしない。香港映画でいつもうれしくなるのだが、本作も殴られまくっている悪漢の眼鏡が飛ばない! つまり、本気の画面、本気のアクション、本気の演技をやりながら「全部うそ」と表明しているのだ。だからこそ安心してポップコーンが頰張れる。

唯一、リアルを見せるのがサモ・ハンの格闘シーンだろう。残虐シーンを排除せよというハリウッド的お上のお達しに、香港アクション映画の大御所が意地を見せたのではないだろうか。「何でもアリが映画だ!」とばかりに。こんな想像も楽しみの一つである。


ジャッキー・チェンへのオマージュ満載

アクション監督の谷垣健治はジャッキー・チェンにあこがれてこの道に入った。だから開始早々オマージュシーンが登場する。まずは香港名物2階建てバスアクションである。バスより足の速い(!?)悪漢が、走行中のバスの2階によじ登り主役と車内アクション。急ブレーキが掛かると主役も悪漢も2階のフロント窓を突き破って外に落ちる! ジャッキー・チェンの映画で何度このシーンを見たことか。まずここで爆笑!

このシーン以降にもジャッキー・オマージュが多数登場する。谷垣は、カンフー系というより総合格闘技系のドニー・イェンの派閥であるが、本作は「香港映画オマージュ」ということで、古臭い格闘ネタを大量に放出する。知らない人は息をのみ、知ってる人は爆笑、そして懐かしさに涙する。

狭い城内通路で戦う場面は、アクション設計の神様ユエン・ウーピンの、例えば「ワンス・アポン・ア・イン・チャイナ/天地大乱」あたりのビューティフルなカンフースタイルを換骨奪胎。谷垣とソイ・チェン監督が九龍城的な汚め色合いに味付けして迫力を増した。それだけか、というなかれ。先人の功績を鑑みて、変える必要のないものは変えない。それが、儒教的に正しい在り方なのだ。


定番 豪傑笑いの気功技

一番のアクションの見どころは、フィリップ・ン演じる気功使いの硬直技である。まあ、なんとも地味。要は殴られようが斬られようが、無傷でいられる防衛技である。刀だって食いちぎる。この技も、ショウ・ブラザーズ(邵氏兄弟)やゴールデン・ハーベストの映画にごまんと登場した。股間を蹴り上げられたときに硬直技を使って笑い飛ばすのが基本シーンである。見ているこちらも笑うが。

実際、フィリップ・ンは年がら年中ばか笑いをしているのだが、これも定番。いわゆる「豪傑笑い」というやつで、ぼこぼこに負けているのに「わっはっは! 今日のところは見逃してやろう」と勝負の価値をドラスチックに転換する香港映画の悪人の得意技である。ただ本作では、最後の最後までこいつが強い。この「まさか!」という裏切りこそがソイ・チェン監督が目指したパロディー映画の面目躍如といえよう。彼が成敗されるシーンもアナログ感満載である。


パクリのパクリ あっぱれ邦題

今、パロディーと書いたが、オマージュとパロディーの境はむずかしい。まず、今回はタイトルからパクリだ。2000年にアンディ・ラウ、ニック・チョン、ビッキー・チャオら大スターが総出演し、名監督アンドリュー・ラウがメガホンを取った「決戦・紫禁城」というヒット映画が存在する。そこで、本映画の邦題を見よ。これがパクリでなくて何がパクリだ。

が、ここは怒るところではない。クロックワークスよくやった!と褒めるところなのだ。なぜなら「決戦・紫禁城」もパクリなのである。ニック・チョン演じる009は、チャウ・シンチーのヒット映画「008皇帝ミッション」(96年)のパロディーなのだ。配給会社は「紫禁城」と「九龍城」を重ね合わせて権威を無化させ映画の内容を想像させようという苦心のひねり技を編み出したと言えよう。


肉体からにじみ出る喜びと悲しみ

ソイ・チェン監督は、ツイ・ハーク、ジョン・ウー、ジョニー・トー、リンゴ・ラム、ベニー・チャン、そして王晶といった香港映画絶頂期の映像作家の作風を徹底して勉強している。それを通して、谷垣アクション監督とともに、この映画で客の脳裏に焼き付けたかったのは「人間の映画」、いわば「肉体の実体感」であろう。

ワイヤーワークだって、つられているのは生きた人間である。にもかかわらず、さらに超人的な状態を映像化しようと試みる。つまり、実写なのにアニメ化していくのだ。これなら「VFXを使えよ」とか「コンピューターグラフィックス(CG)で十分じゃん」という心なき批判をあえて真正面で受け止めようとする心意気が燃えたぎるようである。

黄金時代の香港映画の魅力は、すべて人間が演じていたという、この一点にある。そこに肉体の持つ喜びや悲しみがにじみ出る。三島由紀夫が鶴田浩二の「総長賭博」を絶賛したのと重なる部分である。だから2人の監督やキャストたちは、パロディーと笑われようがパクリと指弾されようが、気の抜けた炭酸飲料のような安心安全時代に、プロフェッショナルとしてあえて映像の刃を抜いたのであろう。

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  • 「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」
  • 取り壊し前の香港・九龍城砦の密集したアパート群
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  • 夜空に浮かび上がる香港・九龍城砦
  • 香港・九龍城砦。東頭村道に面する側は人々であふれ、香港のどこでも見られる下町の風情
  • 九龍城砦家主組合に貼られた政府の通知書。家主たちに集まることを呼びかけている
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