© 2023 MOTO PICTURES, LLC. STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

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2024.7.06

ファン待望の「フェラーリ」一見華やかに見える人生の裏で葛藤していた彼に起きた壮絶な人生を見事に再現

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

座間耀永

座間耀永

フェラーリ。世界中の車好きの誰もが憧れる車。しなやかなボディーから轟(とどろ)く爆音。猛スピードでさっそうと走る「跳ね馬」。その美しさに憧憬(しょうけい)の念を抱かない者はいないだろう。この映画は、1988年に90歳で逝去したフェラーリ社の創始者にしてF1界の帝王と称されたエンツォ・フェラーリの人生の中でも最も壮絶で激動した1957年、59歳の時の1年間に焦点を当てて描いた注目作である。


 

窮地に立たされたエンツォとその背景

エンツォ・フェラーリは、当時、私生活と会社経営の両方で窮地に陥っていた。後継者と目されていた長男ディーノが前年に難病で夭逝(ようせい)し、妻ラウラとの夫婦仲は冷え切っていた。ラウラが共同経営者でもあるフェラーリ社は倒産の危機にあり、加えて婚外子である次男ピエロの存在がさらに問題を複雑にしていた。
 フェラーリ社は、名声を得た一方で、財政難に直面していた。多くの会社が車を量産し利益をあげることを目指す中、エンツォはあくまでもカスタムカーにこだわり、顧客に合わせた車を売ろうとしていた。顧客には一国の主もいるほど熱狂的ファンがいることも映画の中で言及されている。だが、そのスタイルは、莫大(ばくだい)な時間と費用も必要とする。他社は「売るために走る」、自分は「走るために売る」と言い放ったエンツォは、資金豊富なフィアットやフォードからの買収工作を避け、自社存続のために映画のハイライトとなる公道レース「ミッレミリア」に社運を懸けにいくのであった。

 

レーサーは命を恐れない時代

自らもレーサーだったエンツォは、「レーサーは死を恐れない」と断言する。彼の周囲で命を落としたレーサーの数は数えきれない。実際、この映画でも英雄的レーサーの死が何回も描かれる。命のはかなさと、だがレースに命運を懸けた彼らの熱い情熱がほとばしるレースシーンは実に圧倒的で観客の胸を打つ。時代が今であれば安全性を最優先するのだろうが、当時のレーサーたちは命をものともしない。果敢にレースに立ち向かう姿が、怖くもあり美しくもあり、切なくもある。
 

2人の女性の間で葛藤するエンツォ

フェラーリ社を共に経営する妻ラウラは長男の死を境に精神を病み始め夫婦関係は冷え切っていたが、エンツォには、長年大切に思い、援助を続けてきた女性リナがいた。だが、2人の間に生まれたピエロは12歳になっても認知されていなかった。映画ではエンツォの葛藤と狂気に近い車への情熱、子どもを失い夫への愛も失ったがフェラーリ社を愛するラウラの愛憎が交錯する。観客は、ピリピリした緊張感が続く2人のシーンに、手に汗がにじむに違いない。
 

あたかも当時のイタリアにトリップした感覚を覚える映画

本作で主演を張ったのはハリウッドの実力派スター、アダム・ドライバーで、エンツォが憑依(ひょうい)したのでは、と思わせる彼の演技がまさに圧巻だ。メークに2時間もかけたというが、失ってしまった愛する息子への喪失感を無言のうちに表現したかと思うと、妻への愛は冷めながらも互いに会社を愛する葛藤と愛憎をにじませる内部から噴火するかのごとき熱い演技。そして、婚外子の息子ピエロとその母親リナへ惜しみなく注ぐ優しい愛情にあふれた演技を巧みに演じ分けて魅了する一方で、レースに対する執念がさく裂する鬼気迫る演技などどの表現もリアルで、目が離せない。
 歩き方に特徴があったラウラ役を見事に演じたのは、スペイン出身の国際派女優ペネロペ・クルス。彼女のまなざしはすべてを見通すような迫力があり、セリフ以上にその目力でストーリーを引っ張っていく。特に、リナの存在を知る瞬間、家を探し出す執念、エンツォに自分が死ぬまで息子ピエロにフェラーリを名乗らせないことを約束させた時の目、あの目が語る思いに心がえぐられてしまった。
 どの場面にも戦後のイタリアの風俗と世相、そして風景を見事によみがえらせた本作は、当時のイタリアにトリップしたかのような感覚を味わえる映画である。英語作品であるにもかかわらず不思議にも、すべての役者のセリフがイタリア語に聞こえるだけでなく、その静かなトーンの色彩とあいまって、観客をぐいぐいフェラーリの世界へと引きずり込んでいく。

 

イタリア全土が熱狂した伝説の公道レース「ミッレミリア」とは

この映画のクライマックスは、イタリア全土1000マイル(約1600キロメートル)を横断する過酷な公道レース「ミッレミリア」だ。当時のイタリア国民にとって「英雄が家の近くを走る」ということがどれだけ興奮するイベントであったかは、映画の中で、食事中だった子どもたちが、レースを見るために我先に外に飛び出し、沿道に走っていくシーンで印象的に描かれている。
 社運を懸けて臨んだ「ミッレミリア」。エンツォは5人のレーサーに一人一人、丁寧に声をかける。期待のレーサー、アルフォンソ・デル・ポルターゴは、本人も周囲も優勝を確信していたかのようであった。レース前日に彼は、「もし自分に何があっても愛している」という手紙を女優のフィアンセ宛てに書いているが、後に、彼女が手紙を読んで号泣するシーンには胸が引き裂かれる思いがした。
 

映画公開のタイミングで、時代の逆境をゆく新車を発表したフェラーリの気概

地球温暖化問題を受け、時代はEV車にシフトしている。そんな中でも、時代に動かされず、逆境の中で堂々と、今年12気筒の新車を発表したフェラーリ社。まさにフェラーリの神髄はここにあり!と言っても過言ではない。どの時代にも迎合せず独自路線を貫いたエンツォの魂が今でも脈々と受け継がれているのだ。まるで映画の公開に合わせたかのような新車発表。フェラーリファンとしては、映画鑑賞もこの新車発表もダブルで興奮させられた。
今回、アルファロメオで鈴鹿サーキットや数々のレースに出場したフェラーリに乗るママレーサーと、100台近くの車を乗り回してきた車好きで、10台のフェラーリを乗り継いだオーナーにフェラーリの魅力を伺った。彼女が言うのは、やはりフェラーリは別格。完成度の高さ、デザイン、官能的なエンジン音、内装の上質感、滑らかなレザーの質感、多くのバリエーションから選ぶ組み合わせの楽しさ、五感がくすぐられる刺激がたくさんある車なのだと言う。映画の中でも、その細かいエンツォのこだわりが描かれている。
息子のピエロの前で車をデザインしながら、「どんなものであれうまくいく場合、見た目も美しい」と語るエンツォ。エンジンと燃料のパフォーマンスを考えながらもデザインにこだわる象徴的なシーンだ。
創始者エンツォの「フェラーリ魂」。そのエンツォの思いがひしひしと伝わるこの映画でこだわりのオーナーたちも、私のようにただのフェラーリファンも、ますますフェラーリ愛を増進させていくに違いない。

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ライター
座間耀永

座間耀永

ざま・あきの 2006年生まれの高校生。小3から子供新聞記者、毎年、数々の作文コンクールに入賞。SDGsシンポジウム登壇。2023年6月、「言葉の力」コミュニティ、非営利型一般社団法人AZ Bande(アイジー バンデ)を設立。作文教室やSDGs活動、ヨット普及活動を通し、売り上げの一部を教育クーポンを配布する団体に寄付。カナダのセーリング団体ISPA創始者に師事、小型船舶2級保持者。会社名は亡父の愛艇から。


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