「夜を走る」の佐向大監督=鈴木隆撮影

「夜を走る」の佐向大監督=鈴木隆撮影

2022.5.16

インタビュー:佐向大監督 「夜を走る」 負のエネルギーでどこまで飛べるか描きたい

鈴木隆

鈴木隆

大杉漣と練ったオリジナル企画

ロシアのウクライナ侵攻、終わりの見えないパンデミック、各国を襲うポピュリズム的政治……。閉塞(へいそく)状況がまん延する社会を撃つ1本の映画が生まれた。「教誨師」の佐向大監督が、地方都市の鉄くず工場を舞台に2人の男と周囲の変容ぶりを描いた「夜を走る」。うそにうそが塗り重ねられ、不寛容と搾取がはびこる現代社会をさらけ出しつつも、安直な希望や再生を拒絶して日々の一瞬一瞬を淡々と切り取った。オリジナル脚本も担当した佐向監督に製作意図を聞いた。


一夜で人生が変わる2人の男

秋本(足立智充)は独身で実家暮らし。人はいいが不器用で、営業車で取引先を回っても成果が上げられない。上司の本郷から怒鳴られる毎日だ。秋本をかばう谷口(玉置玲央)は要領がよく、妻子はいるが、別の女の家で時間をつぶす。ある日、工場に産廃処理会社の新人、理沙(玉井らん)がやってくる。その夜、秋本と谷口は、本郷に酒を飲まされた理沙に出くわし、居酒屋に誘う。ささいなことから秋本は酔った理沙を強く殴ってしまう。その夜から、2人の日常が音を立てて変化していく。
 
着想のきっかけは、川崎の鉄くず工場で働く友人に誘われ、工場を見学したこと。「見たことがない機械、鉄と鉄がぶつかる音で会話もできない。日常と離れた世界で、2人の人間と殺人のドラマを組み合わせた脚本を書き、俳優の大杉漣さんに見てもらった」。しっくりこない部分もあって一旦中断したが、今回「大幅に書き直して再挑戦した」という。


空っぽで気持ち悪いものの説得力

ただ、本作は通常の作品とは大きく異なる。「物語の原因や伏線、対処だけ見せても魅力を感じない。因果関係がはっきりしていないものを作りたい。不満を持つ人はいるだろうが、混沌(こんとん)とした今の社会の現実だし、負のエネルギーの中でどこまで走って行けるか、飛べるか描きたい」
 
明るくポジティブな未来の夢や希望、再生よりも、リアルな今を描写した。殺人場面は見せず、誰が犯人かも明確にはしない。後半、秋本は宗教団体か自己啓発セミナーのような場所に通うが、その正体も教祖的人物がその後どうなるかも明らかにしない。
 
「鉄くず工場で毎日行われる圧縮やスクラップ作業と、人間の生死や悲しみを見せて、単調な反復や人の営みがはらむ無機質な感覚」を提示。秋本が入会して脱退する団体も「元気で前向きだが、中身は空っぽで、気持ち悪い。しかし妙に説得力だけはある存在」として描き、心の空白を埋めるものとして存在させた。

 

大きく変容していく主人公たち

「秋本自身は空っぽの人間で、鏡のような存在。周囲の人の負のエネルギーをため込んで、人の見たくない部分を映し出す。世間から排除されていく中で、みんなと一緒にいたいという感情が芽生えていく」。終盤に声だけ聞こえるのは「団体で説話している秋本」といい、その変容ぶりに驚く。
 
秋本だけでなく、谷口も前半と後半で著しく変容する。「谷口は日常なんかくそ食らえと自由に遊んできたが、次第に妻や家庭に束縛される。人生がそのように続いていくのは、多くの普通の人の生き方に近い」
 
本作を見ていて、なんとなく不安定でスーッと入ってこないのは、物語の起承転結にこだわらないからだけではない。佐向監督は、本来なら軽重のあるべきものを「等価に描いている部分がかなりある」と話す。
 
「例えば、死体の扱い方がぞんざいで、従来の価値観からは非難されるだろう」。鉄くずと同じような扱いにしたのだ。「実際にそんなこともあると思うので、あえてそうしてみた」
 

常識を疑い、すべてを等価値に見る

ここに、本作の核心の一つがある。「何かが大事で何かが大事じゃないということは、全部大事で全部大事じゃないということ。戦争や宗教について、みんながそれぞれの正義を主張する。コロナもそう。そうなると他者への敬意がなくなって、自分だけが正しく貴重な存在になる。そうではなく、価値は全て同じだと考えた。例えば、家族は重要というが本当にそうか。常識だと思っていたことを、改めて映像で描くことが重要だと感じて取り入れた」
 
携帯電話に入ってくる情報も、自分の好むことが多くなっている。「一つの価値観に偏りすぎると、他を認めない傾向が強くなってしまう。価値観を見直すべきだというのは、今の世の中を見る上で重要なテーマだ。だから、この映画を見て嫌な気持ちになるかもしれない」
 
そう考えてくると、2人の俳優への演技指導も気になってくる。「足立さんには、演技を重くしないでほしいとお願いした。秋本は前半と後半の表情が全く違う。彼自身が変わったのではなく、みんなの思いを受け入れただけで、何の意志もないキャラクターなのだ」
 

考えたくないことにも知恵を出し合わないと

自分を犠牲にして他人のために尽くす「利他」という言葉が注目され始めているが、と聞いてみた。「そうした言葉もあるが、他者が異物のようになってしまえば、人を殺しても心は痛まないだろう。当事者意識が無くなって、自分の行為に対してもただの傍観者になってしまうことさえある。映画の中でも、死に対応できる人が誰もいない」。テーマはそこに宿る。「だからこそ見たくない、考えたくないことにも知恵を出し合わないと。取り返しがつかなくなる」
 
重たい内容がてんこ盛りで夜のシーンが多い割に、色調は明るい。「映像は工場など荒涼としてはいるが抜けた空も映したし、演技もユーモアを随所に入れたつもりだ。ブラックユーモアだけど。それと、くよくよ悩むシーンが好きではない。内面を描きたいという思いがあまりないし、逆に人と人との関係で何かが生まれるシーンが好き。僕もそうだがストーリーの少し先を予想しながら見ることがあるが、この映画はそうされないように作ったつもりだ」
 
5月13日公開。

ひとシネマ:夜を走る

©2021「夜を走る」製作委員会

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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