毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
「ファーストキス 1ST KISS」 ©︎2025「1ST KISS」製作委員会
2025.2.07
特選掘り出し!:「ファーストキス 1ST KISS」 日常を慈しみたくなる
「花束みたいな恋をした」など忘れがたい会話劇を生み出してきた脚本家の坂元裕二と、「ラストマイル」「グランメゾン・パリ」のヒットで勢いに乗る塚原あゆ子監督がタッグを組んだ。主人公は夫の駈(松村北斗)を事故で亡くしたカンナ(松たか子)。運転中にタイムトラベルの術を知り、過去に戻って彼の命を救おうとする。
倦怠(けんたい)期を迎えていたふたりだが、15年前に戻れば、そこにはかき氷や柿ピーにまつわる、いとおしい記憶がある。夫への愛ゆえに、駈が自分と結婚しない未来を選ぶように仕向け、奮闘するカンナ。その姿がコミカルであればあるほど、涙腺が刺激されてしまう。
松はドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」などで、坂元の書くセリフに適度な体温を宿らせてきた。今作ではどこかずれた真面目さを持つ駈を松村がチャーミングに演じ、声の響きが坂元の脚本との親和性を感じさせる。過去と現在を行き来するファンタジー色が強いが、心に残るのはありふれた暮らしの景色や生活音だ。皿を使わず、コーヒーが入ったマグカップの上にのせたトースト。つけっぱなしの電気。出会い直しを描く今作には、そんな日常を慈しみたくなる効能がある。2時間4分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(細)