「ANORA アノーラ」

「ANORA アノーラ」©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures

2025.2.28

この1本:「ANORA アノーラ」 〝男性性〟を過激に撃つ

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ショーン・ベイカー監督はiPhone(アイフォーン)で撮影した「タンジェリン」(2015年)以来、少数派を物語の中心に据えてきた。弱者ではあっても、差別や暴力にみすみす屈することはない。美化するでも神聖化するでもなく、したたかにたくましく生きる彼ら/彼女らを通して、世の中の〝男性性〟を過激に撃つのである。

ニューヨークのヌードダンサー、アニーことアノーラ(マイキー・マディソン)は、ロシア語が分かるという理由で接客したロシアの富豪の息子イバン(マーク・エイデルシュテイン)と意気投合。イバンが帰国するまでの7日間、恋人として過ごすことになった。2人はショッピングにパーティーに、金に飽かせたぜいたくざんまいのバカ騒ぎ。勢いのままラスベガスで結婚式まで挙げる。

ところがイバンの両親が激怒し、別れさせようと手下を送り込むとイバンは逃亡。乗り込んで来たイバンの両親とともに、アニーは彼を捜し回ることになる。ニューヨークからプライベートジェットで米国を飛び回り、裁判所へと行き着くまで、二転三転する呉越同舟の珍道中を、笑いとともに追っていく。

この間アニーは散々な扱いだが、虐げられた可哀そうな女性ではない。そもそもイバンとの契約は金目当て、玉のコシに乗ろうという魂胆だ。イバン一味の荒っぽい手口にも実力で反撃し、別れろという脅しに簡単には屈しない。

愛だの恋だのという甘ったるい感情は二の次。互いに欲得ずくながら、アニーは力関係では圧倒的に不利。それでも、人を見下し金と力に物を言わせる金持ちの傲慢さに、ひるまずかみ付く破壊的なエネルギーが実に痛快だ。

ベイカー監督は、シンデレラ物語をシビアな現実として語り直す。それでも、イバン一味にいたイゴール(ユーリー・ボリソフ)とのささやかな連帯が、もの悲しくも温かい余韻を残してくれる。カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。米アカデミー賞でも作品、監督、主演女優など6部門で候補入り。2時間19分。東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)

ここに注目

捕らえられても叫び、キックをして全力で戦うアノーラに心を奪われた。幼いが受け身ではないシンデレラストーリーが成立したのは、彼女の躍動する身体性があればこそ。テンポのいいセリフの応酬が笑いを生み、暴走する車に同乗させられるような疾走感がある。ラストはさまざまな解釈ができるが、ひとりぼっちで過酷な現実をサバイブしてきた女の子に寄り添う温かい視線を感じ、涙腺を刺激されてしまった。強烈な格差社会を舞台に傑作を撮ってきたベイカー監督の集大成とも言える作品になった。(細)

ここに注目

アイフォーンで撮影した出世作「タンジェリン」からしてそうだったが、ベイカー監督はあらゆる場面を〝不測のアクシデント〟のように表現するのが実にうまい。とりわけ中盤、イバンを連れ戻すために送り込まれてきた3人組が現れると、映画のリズムが転調し、がぜん面白くなる。物語があちこちへ蛇行し、スラップスティックコメディーや活劇調の妙味がたっぷり。一見古風な身分違いの恋物語に現代的な視点、リアルな肌触りを吹き込み、わい雑さと洗練を自在に溶け合わせたその作風、脱帽である。(諭)

関連記事

この記事の写真を見る

  • 「ANORA アノーラ」
さらに写真を見る(合計1枚)