毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
「ブルータリスト」©DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED.©Universal Pictures
2025.2.21
この1本:「ブルータリスト」 夢の暗部、移民の受難
来る3月3日(日本時間)の米アカデミー賞授賞式を控え、今週から来週にかけて有力作が次々と公開される。ホロコーストを生き延び、戦後に渡米したハンガリー系ユダヤ人男性が主人公の本作は、30代の青年監督ブラディ・コーベットの長編第3作。作品賞、監督賞など10部門にノミネートされた3時間35分の一大叙事詩である。
妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と生き別れたままアメリカの地を踏んだラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は才能ある建築家だが、文化の違う異国では誰も彼の名声など知らない。戦時中のトラウマと孤独にあえぐトートは、ホームレス同然に落ちぶれ、薬物に手を染める。そんなとき実業家バン・ビューレン(ガイ・ピアース)に腕を買われ、礼拝堂を備えた公共施設の建造を依頼されるが……。
忍耐と努力を重ね、希望を追い求めるトートの行く手には、幾多の障害が待ち受ける。新しい建築様式ブルータリズムに基づく設計は理解されず、パトロンのバン・ビューレンとも衝突。アメリカンドリームの暗黒面をあぶり出したこの映画は、現代に通じる移民の受難劇であり、芸術家の苦悩のドラマでもある。
破格なのは本編の長さだけではない。序曲とインターミッションを取り入れ、ビスタビジョン方式の35㍉フィルムでの撮影を実施。往年のハリウッド大作の威容を今によみがえらせたコーベット監督は、技術的にも審美的にも卓越した巨編を完成させた。
何もない丘の上に巨大建造物が築かれる過程を捉えたロングショットの雄大さ。しかも施設のデザインにはトートの心の闇が投影され、悪夢的なスリルや恐怖が画面にせり上がってくる。彼の未来を暗示するように天地が逆転した自由の女神像、終盤に配された十字架のイメージにもゾクリとせずにいられない。はたして不遇の芸術家に、歴史はいかなる評価を下すのか。その答えはエピローグにある。
実話が元ネタと思いきや、主人公も物語もすべて創作だという。この点にも驚嘆させられた。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(諭)
ここに注目
アメリカは移民大国だ。自分や祖先の苦難に満ちた移住の過去は、自由と機会の国であることを再認識させる。ホロコーストを生き延びたならなおさらだ。入国までのカットは、アメリカ人に高揚感を抱かせるだろう。過去をはぎとられ、強制的に引き離された妻との暮らしを夢見て、資本家が決めた新たなレールの上を突っ走るトートの姿に、痛みと忍耐、そこから生じる孤独と闇の深さがつきまとう。アメリカンドリームとはほど遠いドラマは、心の底に堆積(たいせき)するトートの苦渋を追体験させ、共感となった。(鈴)
ここに注目
アメリカへやって来た移民の苦難をすべての表情ににじませ、「戦場のピアニスト」を思い出させるブロディはもちろん、パトロンの華やかさと残酷さを見せきったピアースの演技にも圧倒される。建築が生まれていく過程をダイナミックに切り取った映像と、トートの道のりやデザインに込めた思いを描き出す物語が重なり、3時間35分はあっという間。しかしこの映画がシオニズム(ユダヤ民族国家建設運動)に対してどのような立場を示しているのかが読み解けず、自らの理解不足を悔いる時間でもあった。(細)