ひとしねま

2024.1.19

チャートの裏側:真骨頂は日常の営み

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

チャート圏外だが、役所広司主演の「PERFECT DAYS」が興行収入6億円に近づいた。正月興行の隠れたヒットだ。監督は名匠ビム・ベンダースで、れっきとした日本映画である。役所の最優秀男優賞受賞(カンヌ国際映画祭)がヒットの引き金だが、それだけではないだろう。

役所は東京・渋谷の公衆トイレ清掃員を演じる。早朝に起きる。植物に水をやる。歯を磨く。自販機で缶コーヒーを買う。清掃道具を完備した車で出かける。仕事を終え、行きつけの飲み屋でくつろぐ。この繰り返しの描写が、時間は短縮されながらも、何度か出てくる。

もちろん、これだけでは映画にはならない。同僚、離れていた妹、そしてある女性が登場する。次第に物語らしくなっていくが、実のところ本作の真骨頂は、繰り返す日常の営みそのものではなかったか。役所の役名は平山だ。小津安二郎監督の「東京物語」で、笠智衆が演じた役と同じ名字である。

自然とともに、あるがままの生を受け入れるという言い方がある。「東京物語」の笠は、その言葉が意味する以上の境地に立った。繰り返される日常の奥深く、その先に入っていったのである。役所が笠に似てくる瞬間があった。日本人を外国人が微細に描く。それをまた、切実に感じ入る日本の観客がいる。映画の歴史が持つ力であろう。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)

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