チャートの裏側

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2024.12.06

チャートの裏側:現実呼び起こす切迫感

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

11月に公開された邦画の実写作品としては、2番目の興行収入を上げるスタートとなった。「正体」だ。3日間の興行収入は2億300万円。大都市型ではあるが、健闘の部類に入る。殺人罪で、死刑宣告を受けて拘置されていた男の脱獄劇を描く。面白い。存分に堪能できる。

素顔を隠す巧みな逃亡の模様が話の中心点となる。万博の工事現場、フリーライター、水産物工場、介護施設。身元不明で何も持たない逃亡者が、現代の日本で働くことができた居場所だ。雇用の隙間(すきま)があるとの見方であろう。現実を見ても、ありえないことではないと思う。

ふと、浮かんだ名前がある。連続企業爆破事件の容疑者として、半世紀近くにわたり逃亡を続けていた桐島聡だ。今年1月、病院で亡くなった。最期に自身の名を告げた。彼は、どのような場所で生活してきたのだろうか。「正体」と、桐島が歩んだ過酷な人生が重なった。

「正体」はエンタメ作品だ。大型ショッピングサイトの闇を描いた「ラストマイル」同様、その枠組みの中で社会の矛盾、問題をえぐり出す。桐島以外でも、今年の歴史的な判決結果が頭をかすめた。実写作品は当然ながら、生身の俳優が演じる。俳優の演技に切迫感があると、現実が強く呼び起こされる。重要なことだ。「正体」には主演の横浜流星の奮闘があった。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)

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