「Cloud クラウド」

「Cloud クラウド」©2024「Cloud」製作委員会

2024.9.20

この1本:「Cloud クラウド」 緊迫感ひときわ高く

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

黒沢清監督の映画には不穏な気配が漂って、観客の周囲の空気とどこか共振するのが恐ろしい。しかしそれは、社会問題を狙い撃ちした〝社会派〟だからではなく、黒沢監督が洞察する人間たちからにじみ出る、怪しげな臭気のせいかもしれない。「Cloud 」も〝転売ヤー〟に〝闇サイト殺人〟と現代社会の暗部を題材にしているものの、描くのはむしろ、その奥底にある人間の本性である。

吉井(菅田将暉)は、安く仕入れて高く売る転売で一もうけをもくろんでいる。勤め先のクリーニング工場の社長滝本(荒川良々)から昇進を持ちかけられたことを機に退職し、転売業に本腰を入れようと恋人の秋子(古川琴音)と湖畔の一軒家に引っ越し、アルバイトの佐野(奥平大兼)を雇って事務所を構えた。

吉井は困窮した町工場の製品を非情に買いたたく冷血漢だ。物腰は丁寧だが熱がなく、真意がつかめない。吉井の真の目的は何なのか。映画の前半は、楽して金をもうけようとする吉井の危うさ、怪しさをジワジワと示してゆく。と思って見ていると、半ばを過ぎたあたりで急展開、バイオレンスとアクションに転調する。吉井は何者かに拉致監禁され、殺意にさらされる。

唐突な方向転換に、不自然さを感じさせないのが黒沢映画である。一つには、吉井はじめ登場する全員が「コイツ、何考えてるんだ?」と戸惑う人物ばかりだから。不条理なことを当然のように口にし、行動に移す。近しい人物同士でも関係は希薄、そして皆自分勝手。漠然とした憎悪の芽が膨らみ、無軌道な暴力となって噴出する。情感を注意深く排除する黒沢演出に俳優たちが繊細に応え、誰もが不気味に見えてくる。

低体温の人物と唐突な殺意や暴力は、黒沢監督の一貫したモチーフ。無機質な廃工場でのアクションもおなじみだ。今作はその緊迫感がひときわ高く、片時も目が離せない。ただ見終わって、カタルシスを期待してはいけない。後に残るのは、モヤモヤとした違和感だ。それこそ現代の手触りである。2時間3分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほかで27日から。(勝)

ここに注目

〝ネットの闇〟という主題は、掲示板の悪意ある書き込みなど、さまざまな形で表現されてきたが、これほどえたいの知れないスリルが渦巻く映画は記憶にない。ただ生活上の困窮を抜け出すために主人公が行った小さな悪事が、予想だにしない殺意を招いてしまう。現実に起こりえる話だし、菅田が演じた若者像も実にリアルで現代的。主人公が購入する湖畔の家や廃工場などのロケーション、脇を固める古川、荒川、窪田正孝らの謎めいた挙動やセリフも鮮烈で、映画の不気味な濃度をいっそう高めている。(諭)

技あり

工場跡でのアクションを見るだけで、黒沢監督と佐々木靖之撮影監督の優れた技量が分かる。そこに至るまでの描き方も捨てがたい。例えば、吉井の事務所の暗い壁と外光のバランスの取り方、夜の自動販売機のそばで吉井が先輩と話す引き画(え)で、上手に車を入れ込み締めた構図。また、高速道路が背景の駅のホーム、先端に残った佐野に白髪黒衣の男が近づき、紙袋を渡し去っていく。何気なく見過ごしそうだが、引いても寄っても効果をそぎそうなフルサイズの画は激賞もの。挿話の撮り方で映画は力がつく。(渡)

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