毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.7.12
特選掘り出し!:「メイ・ディセンバー ゆれる真実」 虚実自在に、不穏な心理劇
1996年、36歳の女性教師が13歳の少年と不倫して懲役7年の実刑判決を言い渡され、服役中に彼との子供を出産。出所後に2人は結婚し、家庭を築き上げた。この全米を騒然とさせたスキャンダルに触発されたサミー・バーチのオリジナル脚本を、「キャロル」のトッド・ヘインズ監督が映画化。ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアが主演を務めた。
アンモラルな実話の再現ドラマではない。23年前の事件を映画化する企画が持ち上がり、その主演女優エリザベス(ポートマン)が、スキャンダルの当事者グレイシー(ムーア)と夫ジョー(チャールズ・メルトン)の自宅を訪ねる。当初はなごやかだった3人の交流は複雑に揺らめき出す。
女優の役作りのためのリサーチの過程を描く本作は、設定自体がメタフィクショナルな構造を持つ。ヘインズ監督は古典的なメロドラマの形式に不穏なサスペンスを忍ばせ、登場人物の感情のあやを繊細にすくい取る。容易にうかがい知れない人生や人間の真実、演技をめぐるリアリティーと虚構性。容姿も境遇も対照的な2人の女性が、鏡の前で並び立つ象徴的なショットも忘れがたい濃密な心理劇である。1時間57分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)