毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2023.6.09
「苦い涙」
社会派や青春もの、近作「すべてうまくいきますように」のような家族ドラマなど、近年も遺憾なく多才ぶりを発揮しているフランソワ・オゾン監督。今回は巨匠ライナー・べルナー・ファスビンダーの1972年作品「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」をリメークした。
舞台は72年、西ドイツのアパート。失恋の痛手を負った中年の映画監督ピーター(ドゥニ・メノーシェ)が、俳優志望の美青年アミールに一目ぼれし、彼を自宅に住まわせる。やがてアミールはメディアに注目されるが、ピーターは態度を一変させた彼に翻弄(ほんろう)されていく。
ほぼ予想通りに展開するメロドラマなのだが、はた目には愚かで自己破滅的なピーターの切実さをあぶり出す描写、妙な愛嬌(あいきょう)を感じさせるメノーシェの演技が秀逸。室内劇でありながら三つの季節の移ろいを表現し、視覚的に鮮やかな装飾をちりばめた映像にも魅了される。イザベル・アジャーニ、ハンナ・シグラの豪華な助演も加わり、ファスビンダー版ほどのすごみはなくとも見応え十分。1時間25分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほかで公開中。(諭)
ここに注目
同じくファスビンダーの戯曲を映画化した「焼け石に水」など、初期のオゾンを思わせる癖になる密室劇。毒っ気のあるインテリアや無口な若い助手の存在が、ピーターの滑稽(こっけい)な暴走を際立たせる。笑うに笑えぬ場面もあるが、オゾン流のユーモアと映画監督の創作意欲へ着地するラストで後味は軽やか。(細)