「正欲」 ©2021 朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会

「正欲」 ©2021 朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会

2023.11.10

「正欲」 繊細な語り口で多様性の意味を問い直す

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

広島のショッピングモールで働きながら鬱屈した日々を送る夏月(新垣結衣)と、彼女の中学時代の同級生、佳道(磯村勇斗)。大学のダンスサークルでひときわ輝く大也(佐藤寛太)と、彼に引かれる八重子(東野絢香)。他人には言えない秘密を抱えた4人と、息子の不登校に悩む横浜在住の検事、寺井(稲垣吾郎)の人生が思いがけない形で交錯していく。朝井リョウの同名小説の映画化だ。

テーマは今どきはやりの〝多様性〟だが、ポリコレ的正論を叫ぶ映画ではまったくない。特異な性的嗜好(しこう)やトラウマゆえに世界から孤立し、息を潜めるように本来の自分を覆い隠す人々の生きづらさをあぶり出す。フェティシズムの領域にも触れた実にきわどい内容だが、岸善幸監督は〝水〟のイメージをちりばめた繊細な語り口で多様性の意味を問い直し、かすかな希望のありかも模索した。〝大多数の常識人〟の無理解と傲慢さをあぶり出す描写は恐ろしくも鋭く、それを体現した稲垣の演技が圧巻だ。先の第36回東京国際映画祭で監督賞と観客賞を受賞。2時間14分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(諭)

ここに注目

〝普通〟という言葉が持つ意味を、絶えず観客に投げかけてくる群像劇だ。マイノリティーとしての感情をミニマルな芝居で伝える磯村、新垣。他者を拒絶することやつながりを巡って衝突するスリリングな瞬間を見せた佐藤と東野。そして揺らいでいく男の内面を表現した稲垣と、役者陣の好演が光る。(細)