「セプテンバー5」

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2025.2.14

この1本:「セプテンバー5」 野心と倫理 粒だつ個性

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ミュンヘン五輪開催中の1972年9月5日、「黒い九月」を名乗るパレスチナのゲリラ集団が選手村に侵入、イスラエル選手団の2人を殺害、9人を人質に籠城(ろうじょう)した。西ドイツ政府はゲリラの要求を拒み、銃撃戦の結果、人質を含む17人が死亡する。本作は五輪取材中に事件に遭遇、全世界に中継した米テレビ局ABCのスポーツ番組チームを描く。舞台をチームが拠点とした五輪会場内のスタジオに限定、緊張感と臨場感を凝縮、極大化させた実録映画だ。

情報の最前線にいると、一報の時点では事件の大小が分からない。身構えながら情報をかき集めるうちに少しずつ全体像が浮かび上がるものだ。本作では銃声らしき音が端緒となり、人が殺された、テロだといった事実が明らかになってゆく。スタジオ内で刻々と高まる緊迫感と熱気、興奮を生き生きと描き出した導入部から引き込まれる。

情報は外にいる記者からの電話や無線連絡、中継カメラの映像やニュース番組のみ。手持ちカメラの、あえて画質を粗くした映像で建物内を走り回る登場人物を追う。観客は彼らと同じ現場に放り込まれ右往左往することになる。

めまぐるしく状況が変わる中で視聴率は急上昇、生中継は止められない。報道する側の姿勢も問われる。報道局に任せろという忠告に、現場を統括するアーレッジ(ピーター・サースガード)は「これは私たちの事件だ」と抵抗。プロデューサー、メイソン(ジョン・マガロ)は野心と倫理のはざまに置かれる。厳重な裏取りを説く運営責任者ベイダー(ベン・チャップリン)の良心、的確な判断力と胆力で核心情報をつかむドイツ人通訳のゲブハルト(レオニー・ベネシュ)。それぞれのキャラクターが粒だち、報道現場の躍動が映し出される。

事件は悲惨な結末を迎え、その後イスラエルが行った苛烈な報復は、スティーブン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」(2005年)に詳しい。現在も続くイスラエルとパレスチナの憎悪と対立の根深さを、改めて思わせる。ティム・フェールバウム監督。1時間35分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

世界を震撼(しんかん)させたテロ事件を、こんな切り口で描く映画が作られるとは。臨場感みなぎる手持ちカメラのショットを連ね、ニュース映像をふんだんに挿入したビジュアルの迫真性がすごい。予測不能の極限状況に直面したテレビクルーの混乱を描きながら、事態の情勢変化を伝える脚本も見事。ただし限定的な視点の室内サスペンスゆえに、事件の全貌をつかむのは容易でない。米アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作「ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実」を併せて鑑賞することを勧めたい。(諭)

ここに注目

現場が至近距離なのに、カメラや取材者が近寄れない状況を逆手に取った。映画の大半はABCのコントロールルームから出ない。狭い部屋で情報を限定された一方、映像は外の状況を刻々と伝える状況が閉塞(へいそく)感を強調する。道徳的ジレンマと野心の間で葛藤しながら、瞬時の判断を下すチームの熱気や緊迫感を醸成した。テレビマンの呼吸までもが映りこむようだ。スタジオ自体が最高の演出を生み出した。照明はすべて天井から当てられ、上からの光が作る陰影の濃淡が、リアルな感覚を際立たせている。(鈴)

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