毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.6.28
この1本:「スリープ」 ユーモア混じるホラー
「82年生まれ、キム・ジヨン」のチョン・ユミと、「パラサイト 半地下の家族」などで活躍しながら昨年惜しくも他界したイ・ソンギュン。韓国のスター俳優2人が夫婦を演じた本作は、題名が示すように〝睡眠〟中の奇妙な出来事から始まるスリラーだ。
とあるマンションで暮らす妊娠中の会社員スジン(チョン・ユミ)が夜中に目を覚ます。すると売れない俳優の夫ヒョンス(イ・ソンギュン)が突然起き上がり、「誰かが入ってきた」と意味不明なことをつぶやく。その後もヒョンスは夢遊病にかかったかのように夜な夜な寝室を抜け出し、異常行動を重ねていく。
薬を服用してもヒョンスの奇行は止まらず、スジンの母は巫女(みこ)のスピリチュアルパワーに頼ろうとする。原因はストレスなどからくる睡眠障害か、それとも……。チョンとイが親友同士のような仲良し夫婦を明るく演じ、新人監督ユ・ジェソンはホラーとコメディーの境界を狙った語り口を披露。舞台をごく平凡な生活空間に限定し、階下の住人が騒音の苦情を訴えてくる逸話を伏線にした脚本も巧みで、身近な怖さを醸し出す。
こちらの予想の斜め上を行く後半の展開は見てのお楽しみだが、この映画の根底には皮肉なテーマが隠されている。夫婦の自宅の壁に掲げられた「二人一緒なら何でも克服できる」というスローガン。愛の力を信じるスジンはしきりにヒョンスを叱咤(しった)し、この結婚生活における最大の危機を乗り越えようと奮闘する。しかし彼女が3章仕立ての第2章で娘を出産すると、状況はますます悪化。「幸せな家族を築く」という夢と希望がスジンをむしばむ強迫観念に変容し、ついには狂気となって暴発する。そこにもシリアスな心理描写とユーモアが絶妙なさじ加減で混じり合う。
プロットのひねりが利いたジャンル映画である本作は、その独創性が評価されてか、第76回カンヌ国際映画祭と並行して開かれた、新進監督の発掘部門「批評家週間」に選出された。新婚カップルが見れば、なおさらいろんな意味で感情移入させられるであろうウェルメードな一作である。1時間34分。東京・シネマート新宿、大阪・シネマート心斎橋ほか。(諭)
ここに注目
韓国映画は、観客を引きつけるアクセントの付け方がうまい。特にホラーやスリラーの思わせぶりな描写が秀逸。この映画でも、眠ったままのヒョンスが冷蔵庫の生肉をガツガツと食べる姿や、夫婦に不気味な因縁を告げる巫女の怪しさなど、要所要所に強烈な場面が織り込まれている。スジンとヒョンスの軽やかな日常描写との接続もなめらかで、落差を際立たせる。物語はどんどん飛躍し、いったいどう収拾するんだろうと心配になるくらい。いささか強引だが、幕引きも鮮やか。新人とは思えぬ手腕に感服。(勝)
技あり
ユ監督の初々しさが感じられる。キム・テス撮影監督も地道に頑張った。夫不信に陥ったスジンは、寝室で寝ているヒョンスの口に薬を突っ込み居間のソファで寝てみるが、ふと思いついた体で子供と浴室に籠もる。案の定、ヒョンスは起き出し、居間で荒々しく自分たちを捜す物音が聞こえてくる。浴室のドアノブがガタガタ揺れ、親子は恐怖にさいなまれる。浴槽に潜んだ親子にズームで寄る途中で、揺れるドアへの寄りを入れて撮る。考えついたカメラ位置を全部押さえたような、新人らしい撮り方だった。(渡)