毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2024.12.20
この1本:「太陽と桃の歌」 小さき人々 哀切込めて
スペインの片隅の家族農園に起きるささやかな悲劇を、美しい自然の風景の中に描く。失われゆくものへの哀悼を込めた好編だが、遠景には巨大な資本が家族経営の農家を圧殺しのみ込んでゆくことへの静かな怒りがある。カルラ・シモン監督の長編2作目、ベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞した。
キメット(ジョルディ・プジョル・ドルセ)を中心としたソレ家は、スペイン・カタルーニャ地方で桃農園を営んでいる。キメットの父ロヘリオ(ジュゼップ・アバッド)は、地主のピニョールから突然、太陽光発電のパネルを設置するので土地を明け渡すよう求められた。土地はロヘリオが先代の地主から借りたが、契約書はないという。困惑するキメットはピニョールからパネルの管理人の仕事を提案され、激怒して追い返した。一方で、キメットの妻や妹夫妻は稼ぎのいい管理人の仕事に関心を示し、一族の間に波紋が広がっていく。
陽光あふれるスペインの桃園を、柔らかいタッチで描写して、画面はキラキラと輝いている。キメットの幼い娘、やんちゃなイリス(アイネット・ジョウノウ)と双子のいとこはその中を走り回り、時に一族が勢ぞろいしてパーティーに興じる。そんな幸福感あふれる日常に、少しずつ影が濃くなっていく。
キメットは農園の転用に積極的な妹夫妻に怒り、双子の出入りを禁じる。農業を継ぎたいと言う息子のロジェーに、将来性がないから勉強しろと説教する。桃は買いたたかれて離農者が相次ぎ、キメットも体調に不安を抱えている。光と影を対比させながら点描し、筆致はあくまで穏やかだ。
自然の美しさや共に生きる豊かさは変わらないのに、一家は圧倒的に大きな力に押されてなすすべがない。シモン監督はその無力さとかけがえのなさを、哀切を込めて見つめている。資本主義のシステムに耐えきれず小さな存在が消えてゆく現実は、日本でもひとごとではないのではないか。2時間1分。東京・ヒューマントラストシネマ渋谷、大阪・テアトル梅田ほかで公開中。(勝)
ここに注目
日差しがまぶしく、果実が豊かに実り、無邪気な子供たちの遊び場としてもこれ以上ないほどの理想郷に見えるカタルーニャの農地。映し出される風景が美しいからこそ、現実の厳しさとのコントラストが胸に迫ってくる。受け継がれてきた土地の立ち退きを迫られ、ソーラーパネルによって埋め尽くされていくやるせなさ。ひとつの家族が生きる小さな村を世界の縮図と捉え、スペインのみならず多くの国が直面している大きな問題が描かれている。シモン監督の詩情あふれる映像と骨太な精神が共存する作品。(細)
ここに注目
主人公が誰なのかもはっきりしない群像劇なのだが、かんしゃく持ちの父、遊び盛りの幼い次女、寂しげにふさぎ込む祖父など、大勢のキャラクターが実に細やかに描かれている。さらにシモン監督はカタルーニャの光、風、緑をたっぷり取り込み、豊かな潤いに満ちた映像世界を紡ぎ上げた。また、昔ながらの労働に従事してきた人々が、時代の移ろいによって経済的かつ精神的な危機に直面するという状況は万国共通のテーマ。これらの要素が混然一体となった本作、多面的かつ胸に響く一作に仕上がった。(諭)