「小説家の映画」 © 2022 JEONWONSA FILM CO. ALL RIGHTS RESERVED.

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2023.6.30

この1本:「小説家の映画」 会話と表情、態度に味

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

我が道を行く韓国のホン・サンス監督、その作品群はもはや映画の1ジャンル。大したことは起こらないまま登場人物はたわいないおしゃべりに興じ、酒を飲んでくだを巻く。見終わってなんだこれ、と思う向きも多かろうが、その会話とだらしなさにえも言われぬ味がある。

今作の主人公は、久しく書けない有名小説家のジュニ(イ・ヘヨン)。郊外に住む後輩の書店主(ソ・ヨンファ)を訪ねてきた。案内された観光名所で旧知の映画監督ヒョジン(クォン・ヘヒョ)夫妻に遭遇し、3人で散策していると表舞台から遠のいた有名女優ギルス(キム・ミニ)とばったり出会う。ギルスに誘われて会合に赴くと、そこは後輩の書店だった。参加していた詩人とジュニは、ちょっとした因縁があった。

とまあ、偶然に偶然が重なって、ジュニは短編映画を作ることになる。ホン監督は流れるように話を進めるのだが、見るべきは登場人物の会話の中身、そしてその表情と態度である。

ジュニを中心とした登場人物は、韓国らしい長幼の序、居合わせた人物への遠慮とその場の空気への配慮、過去の出来事の反響などなど、微細な気遣いと力関係が絡み合う。その相関図は微妙な濃淡を描いていて、ホン監督は言葉にしがたいその距離感を、長回しのシーンの中にジワジワと描き出すのである。

見ている方はハラハラするし、身につまされる。例えばジュニは映画化が実現しなかったことを無念に思っている。利害と金が絡む映画ビジネスの中で仕方ないとはいえ、ヒョジンもそのことを気にしている。次第に口調がきつくなるジュニと、矛先をかわそうとするヒョジンの会話の成り行き、隣にいたら冷や汗ものだろう。

会話の中には解明されない断片も多く、みな本音は口にしない。ほんとのところどういう感情を抱いていたか、最後まで分からない。ホン監督は困惑する観客を、ニヤニヤしながら眺めていそうだ。

1時間32分。東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、大阪・シネ・リーブル梅田ほか。(勝)

ここに注目

「逃げた女」「あなたの顔の前に」などに続き、ホン・サンスが女性を主人公にささやかだが大きな心の動きをスケッチした。鮮やかな印象を残すのが、出演作が途切れているギルスに対し、ヒョジンが「もったいない」と繰り返す場面。ジュニが自分の人生を楽しんでいる人を尊重すべきだと憤然として言い返し、日常の中に気まずさとスリルとメッセージが立ち現れる。ジュニが自分の撮りたい映画を語るセリフは、ホンの映画作りの哲学を伝えているかのよう。旅先の出会いによって人生が動く瞬間を目撃したような幸福感のある作品だ。(細)

技あり

ホン・サンス監督が撮影監督も兼ねた。始まりは本屋の前、ベンチにジュニと書店主。ちょっと高めから、膝下まで入れた長回し、途中ズームで少しサイズを詰める。明暗比が強く、皮膚感はなく窓外はトバして真っ白。映画創成期の、まず画面を決め芝居がはみ出したらNGの「居所撮り」を思わせる。公園での、ギルスとヒョジン夫妻、ギルスのおいっ子を出入りさせながらの立ち話では、画調も中間調が加わり、ズームも大過ない。終幕でギルスが花束を持つ場面で、柔らかなカラーに変わる。品のいい色感覚。撮影しても、なかなかの腕だ。(渡)