毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
「ゆきてかへらぬ」©︎2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会
2025.2.21
「ゆきてかへらぬ」 芸術と恋に葛藤する若者たちの潔い生きざま
大正末期の京都。20歳の駆け出し女優、泰子(広瀬すず)は、17歳で学生の中原中也(木戸大聖)に出会い、ひかれあって東京にむかう。23歳の学生、小林秀雄(岡田将生)は中也に詩人としての才能を見いだし、中也もそれを誇りに思う。芸術を論じ合う2人の姿を見て、泰子は複雑な気持ちになるが、秀雄も泰子に魅せられていく。
田中陽造の傑出した脚本を根岸吉太郎監督が映画化。赤い番傘を差した中也が、黒い瓦屋根の間の路地を歩いてくるシーンなど冒頭から目を見張った。男女の入り組んだ三角関係だが、感情のやりとりを生々しく描出。嫉妬や反発、相互の距離感が愛情の交歓だけでなく、時代をも映し出す。作品の根底には、それぞれが葛藤しつつも奔放に生き、思いをぶちまけるすがすがしさがある。3人の潔い生きざま、それを支えるセリフの歯切れの良さがドラマの強度となり、心地よい余韻を生み出す。中也の本能的な感性と秀雄の論理的な振る舞いが、泰子を通じて対照化される面白さも秀逸。3人の演技も圧巻の一言。2時間8分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(鈴)
異論あり
美術も映像も、大正時代の空気まで感じさせる重厚さ。芸術にも恋にも全身全霊で打ち込む若者たちの純粋さと真剣さが、格調高く描かれる。俳優陣も健闘。ただ平成・令和の清潔感は拭えない。昭和のあの俳優なら、退廃の腐臭が漂ってさらに血肉が通ったのでは……と思うのは、ないものねだり。(勝)