「家族だから愛したのじゃなくて、愛したのが家族だった」

「家族だから愛したのじゃなくて、愛したのが家族だった」NHK提供

2024.9.24

河合優実 〝こじらせ系青春〟の自意識を等身大に温かく 最終回「家族だから愛したのじゃなくて、愛したのが家族だった」

映画やドラマでよく見かけるようになったあの人、その顔、この名前。どんな人?と気になってるけど、誰に聞いたらいいのやら。心配無用、これさえ読めば、もう大丈夫。ひとシネマが、お教えします。

井上知大

井上知大

公開中の映画「ナミビアの砂漠」(山中瑶子監督)に主演している河合優実は今年、一躍スターの仲間入りをした。1月期のドラマ「不適切にもほどがある!」(ふてほど)で演じた1986年の不良女子高生で、「誰この子?」と多くの人が思ったに違いない。そうこうしているうちに、話題の映画やドラマ、大企業のCMに次から次へと出演。いったいどんな人なのか、この夏インタビューをした記者が近作を中心に魅力とお勧め作品を解説する。

観客の目奪う「ナミビアの砂漠」のカナ

がさつそうな大股で、ずんずんと歩いてくる若い女性。友人が深刻そうな話をしていても心ここにあらず。「ナミビアの砂漠」で河合演じるカナのキャラクターが冒頭の数分によく表れている。

カナは、一緒に暮らす彼氏がいるのに浮気し、別の男に乗り換えたかと思えば、ケンカと仲直りの繰り返し。一見、欲望のままに生きているようだが、本人なりに、そんな自分に嫌気がさしている。キャッチコピーは「私は私が大嫌いで、大好き」。

9月6日に公開された同作は、公開規模こそ大きくないが、山中監督の演出や河合ら主要キャストの演技は確実に観客を引きつけている。面倒な女性だが、どこか憎めない人物のカナ。物語が進むにつれ、肉体的にも精神的にもどんどん傷ついていく。

自分と近い役柄でも遠い役柄でも、脚本を読んだ際に心が動いたシーンを起点に演じるキャラクターを作っていくことが多いという河合は、今作では特に、一筋の光が見えるラストシーンが好きだと話していた。


「ナミビアの砂漠」©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

ケンカばかりの2人に光が差す瞬間

中国籍でカナと離れて暮らしている母親とカナがテレビ電話をするシーン。向こうは中国の親戚か知人と一緒にいるようだ。カナは日本育ちでほとんど中国語が話せず、電話の様子から母子の微妙な距離感が見て取れる。河合が好きなのは電話が終わってから後のやりとり。

そばで聞いていた今彼のハヤシ(金子大地)が、電話の会話から聞こえてきた「『ティンプートン』って何?」と問いかける。カナは「分かんない(という意味)」と答えると、2人にささやかな笑いが起こる。激しいケンカを繰り返していた2人だったが、異言語を使うカナの母が登場したことで空気が変わった。

「共通の敵ではないけれど、『この人たちの言っていること、分からないよね』って共有するものが生まれたというか、それでなんか打ち解けられたのかなと私は思いました」と河合。そして「もうケンカすることとか相手を振り回すことにさえ疲れてボロボロになった結果、シンプルにもう一回、この人と顔を合わせて『ごめんね』とか『ありがとう』とかを伝え合ってみようかなという気分に、演じていてなりました」と振り返っていた。

初主演ドラマで見せた幸せの形

2022年に公開された「愛なのに」(城定秀夫監督)や、「ちょっと思い出しただけ」(松居大悟監督)などの演技で、存在感を示し、熱心な映画ファンや、業界では既に注目されていた。中でも素晴らしいのが、現在NHK総合で毎週火曜日午後10時から放送中の「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(通称、かぞかぞ)。元々は、昨年NHKBSで放送されていた、河合の連ドラ初主演作だ。

ベンチャー企業家だった父は急逝し、母は突然車いすユーザーに。弟はダウン症、祖母はものわすれの症状が……。作家の岸田奈美が自身の家族についてつづったエッセーが原作の物語で、河合は岸田をモデルにした主人公、岸本七実を演じている。文字にすると、これでもかと試練がふりかかるのだが、不思議なほど悲壮感がない。いや、その都度落ち込み、悩み、悲しみ、将来を憂える瞬間はあるのだが、一見不幸なことも、ユーモアでくるみ、幸せに変えてしまう物語だ。

とっぴな演出も好演に共感

登場人物の過去と現在がフラッシュバックのように入り乱れたり、空想と現実がごちゃ混ぜに見えたりするとっぴな演出がドラマの特徴だが、河合ら主要キャストの好演によって、視聴者をスッと物語に入り込ませてくれる。

舞台は関西。よく言われるように、関東出身者による関西弁はどんなに訓練しても違和感を拭いきれないことが多いが、東京出身の河合は、見事な関西弁を披露。ちなみに、ドラマでは英語を披露するシーンもあるが、そちらの発音もうまい。しかし方言などテクニカルな部分は序の口。家族や友達とのめんどくさい人間関係と、ちょっとこじらせた青春の自意識を映し出した演技は、多くの人を心地よく温かい気持ちにさせる。


「家族だから愛したのじゃなくて、愛したのが家族だった」NHK提供


「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」最終回!

大ヒットアニメ映画「ルックバック」(押山清高監督)や、貧困、売春、薬物中毒といった現代社会の闇を描いた「あんのこと」(入江悠監督)など、今年だけでも活躍を挙げればきりがないが、まだ彼女をよく知らない人には、激しい負の感情があらわになる「ナミビアの砂漠」とちょうど対をなすような「かぞかぞ」の2作を特にお勧めしたい。

記者はテレビの担当を兼務しているが、今年地上波で初放送されたドラマの中で今のところベストだ。9月24日に最終回が放送される。

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ライター
井上知大

井上知大

いのうえ・ともひろ 毎日新聞学芸部記者

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