「フェイブルマンズ」の一場面  © Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

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2023.3.03

スピルバーグの最新作にして最重要作入り!「フェイブルマンズ」の魅力

映画監督人生50年が過ぎた今も、衰え知らずの創作意欲で次々と新作を世に送り出しているスティーブン・スピルバーグ監督。最新作「フェイブルマンズ」は間近に迫ったアカデミー賞授賞式の本命のひとつとして注目されています。そこで、本特集ではスピルバーグ監督のキャリアを振り返り、彼が手掛けた名作の中からピックアップした作品を「入門編」として紹介しつつ、「フェイブルマンズ」の魅力にも迫ります。

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その名を知らしめた初期作「激突!」(1971)から約50年。そして世界歴代興行収入1位を記録した「ジョーズ」(75)から約45年――。スティーブン・スピルバーグ監督の自伝的映画が、ついに生まれた。
 
「フェイブルマンズ」と題されたその作品は、第47回トロント国際映画祭で最高賞の観客賞に輝き、第80回ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞(ドラマ部門)と監督賞を受賞。第95回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚本賞、作曲賞、美術賞の7部門にノミネートされた。
 
アメリカ最大級の映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では92%(2月19日現在)と高評価を記録しており(レビュー数が361と考えるとこれは大絶賛といっていい)、3月3日の日本公開に向けて前途洋々だ。
 
ではなぜ「フェイブルマンズ」はここまで人気なのか? ここからは私見となるが、その部分を中心に据えて本作の魅力を考えていきたい。
 


原点を描いた「フェイブルマンズ」。スピルバーグファンは無視できない

 まず、企画性。冒頭に述べたように、50年以上の監督人生の中でスピルバーグ監督は数々の名作を生み出してきた。「未知との遭遇」(77)、「E.T.」(82)、「シンドラーのリスト」(93)、「プライベート・ライアン」(98)、そして「インディ・ジョーンズ」「ジュラシック・パーク」といったシリーズもの……。
 
「A.I.」(2001)や「マイノリティ・リポート」(02)「レディ・プレイヤー1」(18)から「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」(17)等の社会派エンタメ、「ウエスト・サイド・ストーリー」(21)ではミュージカルに挑戦するなど、まさにジャンルレスに活躍し、年代を問わず世界中にファンを擁している。
 
「フェイブルマンズ」はいわば〝神の原点〟を描く映画であり、スピルバーグ監督の薫陶を受けた観客であれば(その数は半端ではないはずだ)無視はできない。高評価が相次いでいるならなおさらだろう。「気になる内容」という興味×「良い映画である」という伝聞=期待値となり、現在の盛り上がりを形成しているのではないか。
 

スピルバーグが描く「映画を描いた映画」は過去作と照らし合わせ深掘りできる

 そして、映画を描いた映画であること。「バビロン」「エンパイア・オブ・ライト」「エンドロールのつづき」等々、映画を題材にした映画が続々と日本公開を迎えているが、コロナ禍における映画館が受けたダメージ、そして配信作品の隆盛に伴う劇場映画の存在意義を改めて見直す時期に突入したなかで「劇場で映画を見る喜び」を呼び起こしてくれる作品は、劇場派の映画ファンにとってはうれしいものだ(大ヒット中の「RRR」や「THE FIRST SLAM DUNK」にもその要素はある)。
 
特に「フェイブルマンズ」においては、とある少年が両親に連れられて映画館で「地上最大のショウ」(52)を見て衝撃を受け、映画製作の魅力に取りつかれていく――という王道の〝ものづくり映画〟。
 
西部劇の自主映画製作に乗り出した主人公は銃撃シーンの迫力が足りないと感じて創意工夫を凝らし(日常の出来事からヒントを得る展開が秀逸)、ドンパチが中心のアクション映画を撮っていた彼が、とあるきっかけから「俳優演出」を覚えてドラマ部分の深みを生み出せるようになり……といった創作者として進化していくプロセスが描かれていく。
 
「ブリグズビー・ベア」「リトル・ランボーズ」「映像研には手を出すな!」「海が走るエンドロール」といった人気の高い映画や漫画にもみられる「映画を作る面白さ」にスピルバーグ監督が〝全振り〟したら、評判が評判を呼ぶ作品になるのは当然のこと。一つ一つのエピソードにスピルバーグ自身の人生が重なってくるわけで、ファンにおいては「このシーンはあの映画につながっているのか」という深掘りもできるからだ。
 

表現者としての〝業〟まで映し出していく私的な作品

 だが、「フェイブルマンズ」が描くのはそうした〝明るさ〟だけではない。むしろ後半に従って強まっていくのは、作り手の〝業(ごう)〟の部分。家族を何より大切にしていた主人公は、自分の中で膨らんでくる創作欲を抑えきれなくなっていく。例えば祖母が亡くなった際、目の前で命が消えた瞬間や号泣する家族を「撮りたい」と思ってしまうこと――。不謹慎だと頭ではわかっているのだが、衝動は心に生まれてしまう。
 
こうしたドラマ面に絡んでくるのが、「家族のためにピアニストの夢を諦めた」母親の存在。主人公は成長していくにつれて母の懊悩(おうのう)を理解するようになり、「自分のために他者を犠牲にする」生きざまに思いを巡らせていく。
 
そして、自身が映画を撮ることである事件を引き起こし、表現者の「孤独」や「痛み」までも獲得してしまうのだ。それが故に表現力に〝深み〟が増した部分もあろうが、果たして客観的に見て幸福といえるのだろうか? 本作はそうした思案を観客の内に生じさせ、オールハッピーで終わらせない。
 
スティーブン・スピルバーグのフィルモグラフィーの中でも特異な存在であり、今後「この作品なしに彼は語れない」と言われるであろう記念碑的作品――。「フェイブルマンズ」は、希代の映画監督が自身のルーツと内側をさらけ出した私的な作品でありながら、映画史の重要なピースをも担っている。
 
「フェイブルマンズ」は全国公開中

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ライター
SYO

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1987年福井県生まれ。東京学芸大学にて映像・演劇表現を学んだのち、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て2020年に独立。 映画・アニメ、ドラマを中心に、小説や漫画、音楽などエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トークイベント、映画情報番組への出演も行う。