シン・ウルトラマン ©2021「シン・ウルトラマン」製作委員会©円谷プロ

シン・ウルトラマン ©2021「シン・ウルトラマン」製作委員会©円谷プロ

2022.6.08

「シン・ウルトラマン」 神永の揺れないブランコと、漕ぎ続けるメフィラス:よくばり映画鑑賞術

映画の魅力は細部に宿る。どうせ見るならより多くの発見を引き出し、よりお得に楽しみたい。「仕事と人生に効く 教養としての映画」(PHP研究所)の著者、映画研究者=批評家の伊藤弘了さんが、作品の隅々に目を凝らし、耳を澄ませて、その魅力を「よくばり」に読み解きます。

伊藤弘了

伊藤弘了

「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督)のなかでもっとも印象に残ったのは、神永新二(斎藤工)とメフィラス(山本耕史)がブランコに乗りながら対話をするシーンである【図1】。
 

【図1】
 

ジャングルジムでもすべり台でもない

子ども向けの遊具と、2人の「外星人」(劇中では宇宙人のことをこう呼ぶ)が地球の命運について話し合うという状況のギャップが魅力的なシーンであり、このあとの居酒屋のシーンと合わせて少なからぬ観客の興味を集めているようだ。
 
筆者は、ここで選ばれた遊具がほかならぬブランコであることに注目したい。公園の遊具といえば、ジャングルジムやすべり台やシーソーなどもメジャーだが、このシーンはブランコでなければダメなのである。その理由について、作品内と作品外のそれぞれの観点から考えてみよう。
 
まず、このブランコには「天秤(てんびん)」のイメージが仮託されている。先ほど2人の「外星人」と書いたが、神永はウルトラマンと融合した状態にあり、厳密にいえば地球人と外星人の両方の性質を持った存在である。
 
禍特対のメンバーで、神永とバディーを組んでいる浅見弘子(長澤まさみ)から「あなたは外星人なの? それとも人間なの?」と問われた神永は「両方だ。あえて狭間(はざま)にいるからこそ見えるものがある」と答える。


 

日本の人気ヒーローは「間」の存在だ

脚本を担当した庵野秀明は、主人公の設定について「日本の人気ヒーローは『間』の存在という王道的な設定を踏まえて描いたつもり」と述べており、神永/ウルトラマンを意識的に「狭間」に置いていることがうかがえる=注1。
 
外星人と人間の狭間にいる神永の乗ったブランコはほとんど動かない。メフィラスがブランコを勢いよく漕(こ)いでいるのと対照的である。静止状態にある神永のブランコは、まさに天秤が釣り合った状態をあらわしている。
 
このシーンにおいて、前後に大きく揺れるメフィラスのブランコと、ほとんど動かない神永のブランコは明確に対比されている。会話の途中でメフィラスはブランコを降りる。だが、彼が降りたあともブランコは前後運動を維持しており、弱まる気配を見せない。あからさまに不自然な見せ方をしている。


 (C)2021「シン・ウルトラマン」製作委員会(C)円谷プロ

ベータシステムの両面性

ブランコから降りたメフィラスと神永をほぼ正面からの切り返しで見せる箇所があるが、このときもメフィラスが乗っていたブランコは揺れ続けている。
 
静止状態にある神永のブランコに対して、メフィラスの方は、彼が人間に及ぼそうとしている影響の大きさを反映しているように思われる。メフィラスが人間に提供しようとするベータシステムは、人類にとって大いなる福音になりうるものだ。しかしながら、同時に巨大な災厄を招き寄せかねないものでもある(メフィラスの目的はこちらにあるようだが)。ブランコの不自然な動きは、人類を文字通り禍福の揺らぎのなかに放り込もうとするメフィラスの企てを体現しているのである。
 
メフィラスと天秤のイメージの結びつきは、初期のデザイン案からも見てとることができる。山下いくとによる「全身及び頭部形状案」には、メフィラスのイラストの脇に「正しいコトを言ってるような天秤感」というメモが書き込まれている=注2。
 
ただし、そのすぐ下に「宇宙のサギ師」とも書いてあるように、人類に禍福の両極を与えようとして計略をめぐらすメフィラスの「天秤感」は見せかけのものに過ぎない。絶えず揺れ動き続けるメフィラスのブランコと、人類の観察と助力に徹するウルトラマンのブランコは視覚的に動と静の対照をなすのである。
 

庵野秀明と樋口真嗣の好きなモチーフ

さて、天秤をイメージさせる遊具ならシーソーでもいいと思われるかもしれないが、ブランコを要請する力は作品外からも働いている。ブランコは、実は本作で中心的な役割を果たしている庵野秀明と樋口真嗣が手がけた過去の作品に頻出するモチーフなのである。
 
庵野秀明と樋口真嗣の親交の深さはつとに知られており、これまでも数々の作品で協働している。碇シンジという「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公の名前は樋口真嗣に由来すると言われているし、本作の主人公が神永新二であるのはもちろん偶然ではないだろう。くわえてタイトルにある「シン」の音を、名字の「神」と名前の「新」の2カ所で採用しており、それがそのまま「シン」に当てられるべき漢字の候補となっている。
 
庵野秀明が製作と脚本、樋口真嗣が監督を務めた特撮短編映画「巨神兵東京に現わる」(2012年、製作会社はスタジオジブリ)では、巨神兵が降り立とうとするまさにその瞬間をブランコのある公園のショットを通して提示している【図2】。

 
 【図2】
 
「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air /まごころを、君に」(庵野秀明総監督、1997年)の終盤にもやはりブランコが登場する。幼い子どもの姿になった碇シンジ(CV:緒方恵美)が公園のセットのなかにいる。ブランコは、その奇妙に左右対称な公園の真ん中に位置している【図3】。


【図3】
 
■「新エヴァ」でも揺れる心情を象徴
無人のブランコは静かに前後に揺れており、その動きに遮られながら奥の山に沈もうとする夕日が映し出される【図4】。公園の街灯がともり、ちょうど夕日が沈もうとする頃にブランコは静止する【図5】。このあと、碇シンジと3人の女性キャラクター(葛城ミサト[CV:三石琴乃]、綾波レイ[CV:林原めぐみ]、惣流・アスカ・ラングレー[CV:宮村優子])をめぐる錯綜(さくそう)した画面が続き、その締めくくりに彼女たちの横顔のクローズアップが提示される。その顔の中心あたりを黒い影が前後に揺れており、よく見るとブランコであることがわかる。

【図4】
 

【図5】
 
このシーンの直後に、物議を醸した実写パートが続く。実写パートの序盤では都市の景観が点描されていくが、そのなかにブランコを真下から捉えたショットが含まれているのである【図6】。


【図6】
 
このブランコは碇シンジの揺れ動く心情と同期しているように見える。他人の恐怖にさらされなくて済むすべてがひとつに溶け合った世界と、心の壁(ATフィールド)によって他人と隔てられた世界のどちらを選ぶのかが問われている局面である。
 
同時に、このブランコはアニメーションの世界と実写の世界を橋渡しする役割を担わされているようにも感じる。
 

「ラブ&ポップ」では女子高生が援交を決意する

最後にもうひとつだけブランコが出てくる映画を取り上げておこう。庵野秀明が初めて監督した本格的な実写映画「ラブ&ポップ」(98年、原作は村上龍)である。樋口真嗣は「友情特殊技術」として参加している。
 
女子高生の援助交際を題材にしており、主人公の吉井裕美(三輪明日美)は渋谷のデパートで見かけて一目ぼれしたインペリアルトパーズの指輪(12万8000円)を手に入れるために体を売ろうとする。それまでもカラオケや食事、買い物をともにして金銭を受け取ることはあったが、ついに「最後までいく援助交際」をすることに決める。
 
それを決める場所がブランコなのである【図7】。裕美はゆっくりとブランコを漕ぎながら、伝言サービスにメッセージを吹き込み(伝言サービスの案内音声は林原めぐみ)、男(浅野忠信)からかかってきた電話に応じる。彼女の心の揺らぎが視覚的に表現された秀逸なシーンである。

 
【図7】

今回は「シン・ウルトラマン」に登場するブランコに着目して、その意味合いについて作品内と作品外の観点からざっと確認してきた。言うまでもなく「シン・ウルトラマン」はこれ以外にも充実した細部をいくつも持っている。また、ブランコのモチーフをここで触れなかったほかの作品に見いだし、展開することもできる。映画に出てくるちょっとした細部を意識すると、映画をよくばりに楽しむことができるのである。
 
インタビュー:西島秀俊「シン・ウルトラマン」で禍特対班長 幸福感にあふれた撮影現場でした

注1=「シン・ウルトラマン デザインワークス」、カラー、2022年、74ページ。
注2= 「シン・ウルトラマン デザインワークス」、32ページ。
 
【図1】東宝MOVIEチャンネル「映画『シン・ウルトラマン』予告(2022年5月13日公開)」(https://youtu.be/2XK23KGM-eA)
【図2】「巨神兵東京に現わる」樋口真嗣監督、2012年(DVD「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q EVANGELION:3.33 YOU CAN (NOT) REDO.」に併録、キングレコード、2013年)
【図3〜6】「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air /まごころを、君に」庵野秀明総監督、1997年(DVD、キングレコード、1999年)
【図7】「ラブ&ポップ」庵野秀明監督、1998年(DVD、キングレコード、2003年)
 

ライター
伊藤弘了

伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶応大法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。大学在学中に見た小津安二郎の映画に衝撃を受け、小津映画を研究するために大学院に進学する。現在はライフワークとして小津の研究を続けるかたわら、広く映画をテーマにした講演や執筆をおこなっている。著書に「仕事と人生に効く教養としての映画」(PHP研究所)。


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