国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。
2024.10.24
「夜明けのすべて」の企画プロデューサーの監督作品「Good Dreams」は途方もなく大きな作品
誰もが好みの違いがあると思うが、餃子(ぎょうざ)を食べる時は断然からししょうゆだ。ものまねに過ぎないとしても、「日本の味」のひとつを思い出すための必死の努力で、一年の少なからぬ時間を海外で過ごす者としては、それなりに切実な食習慣なのだ。
これが身につくようになった「根拠地」が、実家の千葉から近い東京・亀戸である。文字通りの「人生餃子」を見つけた土地。亀戸餃子のカウンターに座るまで知らなかった。なぜ店長が餃子を何皿も注文を受ける前提で接客をするのかを。もちろん、しばらくすると誰でも少なくとも3皿以上注文している自分の姿に気付くだろうが。
亀戸出身の〝ブルーミングㆍボイス〟の持ち主
食後は運動で散歩をしよう。コースは亀戸七福神を巡った方がいいが、注意しなければならない。歩けば歩くほど運動でカロリーを消費するどころか、追加で訪れるお店を極力減らすためにいろいろと工夫することが当たり前の展開だから。一体どういうことか。「アジアのメトロポリス東京」の都会的な雰囲気とは少し違い、帰省客を迎える故郷のように人情味あふれる雰囲気で、すぐに目頭が赤くなりそうなこの下町のロマン。
そして、自分も知らないうちにある映画で見た、リーゼントヘアスタイルにハワイアンシャツの男を探し回ることになりそうな気がする。川辺のベンチで缶ビールを飲み、小池屋ではネギと軟骨を頼み、商店街では店の前をほうきで掃くおばあさんに大きな声であいさつしようか。突然、筆者にこのような21世紀の都市でほぼ消えてしまった懐かしいライフスタイルを再現してみたいという勇気を吹き込んだ人物は一体誰か。そう、名優の必須条件である英語で言えば「ブルーミングㆍボイス」の持ち主で、韓国の俳優たちがよく言う「小さな役はあっても、小さな俳優はいない」という言葉を実践しながらバイプレーヤーとして活躍してきたそのある映画「Good Dreams」の主人公「りゅうちゃん」を演じた主演俳優の渡辺隆二郎だ。しかも映画と同じく、なんと亀戸が地元の役者である。
数多くの映画作家を紹介してくれた〝心友〟
この映画が作られていることを知ったのは、心友の井上竜太監督本人からだった。盟友行定勲のベルリン国際映画祭ㆍ国際批評家連盟賞受賞作の「パレード」のプロデューサーとして、最近、筆者と一緒に映画を作っている三島有紀子と同じ関西という縁で井上に出会ったのは5年前。しかし、彼が筆者と日本映画を中心とした映画的世界観を共有することになったのには、逆説的にもコロナ禍が非常に肯定的な役割をしてくれた。
普通なら一度会って食事ぐらいしたかもしれない関係だが、会うこと自体が不可能だった環境で筆者が国際交流基金によって「世界の映画人7人」の一人に選ばれ、「今年を象徴する日本映画」を選定するために再度日本映画を勉強するようになった頃だった。両親共に芸術家だった環境で育った井上が、いわゆる「BIG3」(黒澤明、溝口健二、小津安二郎)を中心に受験勉強をするように知識だけを積んできた筆者に新しい見る目を持たせてくれた。そして、日本映画の黄金時代に庶民の哀歓を扱い、日本人の疲れた心を癒やしてくれた数多くの映画作家を紹介してくれたのだ。
途方もなく大きな〝人間の映画〟
中でも彼が自分の模範としており、筆者も憧れの巨匠として位置づけた大監督が木下恵介である。かつて「楢山節考」で日本映画の美学を世界に伝え、フランソワㆍトリュフォーに絶賛されたが、悪人が登場せず、涙の混じった笑いでかけがえのない感動を届けた「カルメン故郷に帰る」も発表した日本映画の宝物。井上自身、そこまで日だまりばかりの人生を生きてきたわけではないが、見るのに深呼吸が必要な映画ではなく、ペーソスのある笑いや胸いっぱいの感動と、最後には充足した気持ちで日常に戻る力を与えてくれるような優しい物語を作っていくという信念を持ったストーリーテラーである。
このような井上の芸術観を「夜明けのすべて」の企画プロデュースとして実現し、改めて確立するきっかけを作り出した彼の2本目の監督作「Good Dreams」は、世間で言う「規模の経済学」とは関係なく、途方もなく大きな作品なのだ。携帯の小さな画面では絶対に感じられない場内を魅了する心温まる情緒で、何度も客席のみんなの胸を打つ「人間の映画」を作り出した。ある意味、今の時代に最も必要な監督で、心から賛辞を贈る。そして、視覚障害者を丁寧に演じ、「キャストの皆様にはお世話になるだけ」と謙虚に言いながらも、そもそもキャスティングの基準がハイエンドそのものである井上に「ワイルドカード」として抜てきされた松田有咲。「脇役の大切さ」を気づかせてくれたりゅうちゃんの弟分役の寺坂頼我にも感謝しなければならない。
どうかこのように大切な映画を見に来られた一人一人の観客に支えられ、公開中、二つの開館という小さな規模で出発するこの大切な作品が、より多くの方々に伝わることを願う。そして今月末の帰国以降、上映館のゲストトークでの心友との再会が楽しみだ。