音楽映画は魂の音楽祭である。そう定義してどしどし音楽映画取りあげていきます。夏だけでない、年中無休の音楽祭、シネマ・ソニックが始まります。
2024.12.24
大きな負は、大きな正をもたらせる「ブルースの魂」 B.B.キングを育てたアメリカディープサウス
B.B.キングは1925年アメリカ南部に生まれた。そこは、奴隷制度を推進し、連邦を離脱して南北戦争を引き起こした保守的な場所で、今も貧困層が多いエリアだ。私はそんな南部を、ゴスペル取材のために旅したことがある。ニューオーリンズからミシシッピ川に沿って、南北戦争の激戦地ビックスバーグに向けて北上した。選んだ道は、ルート61。ブルースハイウエーと言われるその道を走り、ルイジアナ州からミシシッピ州に入ると、様相がまったく異なるいくつかの小さな町に出会った。
貧富の明暗がくっきり分かれるディープサウス
昼だというのにどの店も閉店中でだるそうに眠り込んだ黒人の町。バルコニーに花を飾る小奇麗な白人のホームタウンがあるかと思うと、その横にスラム化した黒人のゲットーがあったりする。綿花畑では数百年前と変わらず、黒人の男たちが綿花を摘み取っていた。トラクターで摘み取るたびに、白いコットンは湿気でまどろむ南部の空に舞い上がった。
ルート61では、綿花で財を築いた大富豪の屋敷にも出くわす。オークの並木道が敷地の奥へ続き、背伸びをしても屋敷が見えないこともある。それに比べたら、映画「風と共に去りぬ」に出てくるお屋敷なんて小さなものだ。南部の農園主たちの富豪ぶりにあぜんとしていると、次に寂れた修理工場や売店、屋根のトタンが外れた廃虚同然の家々が目に飛び込んでくる。富と貧困の明暗がくっきりと分かれたアメリカ南部、ディープサウス。肥沃(ひよく)な大地から湧き上がる生気と虚脱感が一緒くたになったルート61は、人種差別の激しさを十分に物語っていた。ブルースの巨人、B.B.キングが生まれたのはこうした環境だった。
ブルースの王者が誕生して100年
映画「ブルースの魂」の中で、B.B.キングはこう語る。「子どもの頃からミシシッピの綿花畑で働き、教会ではゴスペルを歌っていた。ある日、ブルースを歌ったら一晩でいつもの何倍も稼げたんだ」と。彼は、幼少から教会でハリのあるパワフルな歌い方を身につけ、ある日、プランテーションを飛び出して、メンフィスでいとこのブッカ・ホワイトからブルースギターを学び、1949年にデビューを果たす。
1950年代に数々のヒットを飛ばし、1970年45歳で名曲「Thrill Is Gone」(原曲:ロイ・ホーキンス)でグラミー賞を獲得。翌年にはロンドンの音楽シーンをけん引したアレクシス・コナー、ピーター・グリーン、リンゴ・スターなどと共にご機嫌なR&Bアルバム「In London」をレコーディングしている。ジェフ・ベックやスティービー・レイボーンとよくコラボし、エリック・クラプトンにビブラートの影響を与えたB.B.キング。タイトなリズムセクションをバックに、キレのあるギターを弾き、タキシードでリムジンのオープンカーに乗るイカしたブルースの王者が誕生して100年になる。
究極のブルースは愛する人に捨てられた時さ
映画「ブルースの魂」(初公開1973年)は、彼の生誕100年を祝ってリバイバルされる貴重な映画だ。映画は、テキサスの刑務所に服役中の黒人たちが労働歌を歌うドキュメント映像から始まり、「ブルースとは何か?」というテーマで進んでいく。
主軸に描かれるのは、NYハーレムで苦悩しながら暮らす黒人カップルの物語だ。その物語の合間に、伝説のブルースマンたちが次々と登場して、ブルースについて語り、演奏する。物語とドキュメントを織り交ぜた大胆な構成で、映画はブルースの世界観を伝えようとしている。例えば、ブルース界のレジェンド、ロバート・ピート・ウイリアムズは、自宅のキッチンでこう語る。「カミさんが怒った時や機嫌が悪い時にギターを取って今の気持ちを歌うんだ。するとブルースが降りてくる」「ブルースはフィーリングなんだ。望みがかなわない、行きたいのに行けない、金がない、そうした心に浮かぶ感情を歌う。究極のブルースは愛する人に捨てられた時さ」。そう語るのは、テキサスのマンス・リプスカム。
ブルースの根源への旅
映画には、B.B.キングを筆頭に、ブッカ・ホワイト、ソニー・テリー、ブラウニー・マギー、ファリー・ルイスなど多くのレジェンドたちが登場する。彼らのブルースを聴くだけで、彼らがとてつもなく霊的で感情豊かな人間だということがよくわかる。彼らは自分の感情に正直で、その感情をすぐに捉えて歌にしてしまう。
ブルースは、恋人を失ったり、失業したり、社会の厳しい現実や孤独を語る。〝うまくいかないこと〟を歌わせたら、黒人の横に並ぶものはない。感情を絞り込むような感覚。心の一番深い部分まで到達して、さらにその奥へと入って行こうとする恐ろしいほどの深さがブルースにはある。ブルースには悲しみという感情を包み込む深々としたぬくもりがあるだけでなく、ブルーな感情をはじきとばして進んでいく粋なリズムもある。悲しさを俯瞰(ふかん)して、笑いに変えてしまう知性もある。
大きな負は、大きな正をもたらせるものだ。南部は奴隷制や人種差別という負の遺産が残る地だけれど、ゴスペルやブルース、R&Bやロックンロールという世界中の若者を熱狂させる正の遺産を生み育てた場所でもある。もしあなたがブルースに関心があるなら、BBキングが南部の綿花畑に生まれたことを念頭に置きながら、この映画を通してブルースの根源へと旅することをおすすめしたい。