毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.5.14
この1本:「流浪の月」 生身で示す静かな激情
李相日監督の映画は、すべてが濃い。「悪人」「怒り」と人間の奥底に渦巻く激情を解剖してきたが、凪良ゆうの小説を映画化した6年ぶりの新作では、「禁断の関係」が成就されるまでを密度と粘度高く描く。剛腕に圧倒されること必至である。
大学生の文(松坂桃李)は、公園で行き場をなくしていた10歳の更紗(さらさ)(広瀬すず)を連れ帰り、しばらく共に暮らした後で誘拐犯として逮捕される。15年後、更紗は婚約者の亮(横浜流星)と暮らしていたが、ある日偶然入ったカフェで文と再会。文への思いを遂げるため、亮を置いて文の隣の部屋に転居してくる。
世間的には幼児性愛者の誘拐犯とその被害者である文と更紗だが、互いをかけがえのない存在として求め合っている。恋人のようだが性的関係はなく、親子や兄妹的なつながりとも違う。枠に収まらない関係は説明も理解も難しく、特に幼児性愛への目が厳しくなっている昨今では、よけいに受け入れがたいだろう。
その〝許されざる関係〟を反転させるのがこの映画。李監督は説明や理由付けは最小限にして、文と更紗のたたずまい、存在そのものでその難関に挑む。俳優たちの身体に、映画を託したのである。
広瀬すずと松坂桃李が期待に応えて奮闘した。「かわいそうな犠牲者」のレッテルと折り合いを付けて生きる更紗と、「ロリコンの変態」であることを知られぬように息を潜める文。真情を押し殺して生きる苦しさ、理想の相手と再会して得た解放感、そして世間と自らが課したくびきを捨て去る強さを得るまでを、静かな熱気を込めて体現した。
ゆがんだ自意識を秘めた亮を演じた横浜流星ともども内圧高く役を生き、どの場面も息苦しいほど濃密だ。更紗と文の覚悟を示す終幕は、すがすがしい一方でずしりと重い。覚悟してどうぞ。
2時間半。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
ここに注目
自分の想像が及ばない関係や愛情の形を目にした時、無意識にラベルを貼るようなことをしているのではないか。原作を読み終えた時に突きつけられた問いかけは、キャスト陣が見せた痛みを感じさせる演技によって、さらに色濃いものとなった。
「白いカラーの花のよう」「半透明の氷砂糖のような声」と描写された文のイメージそのままの松坂、ほの暗さと芯の強さを感じさせる広瀬、悲しいほど暴力的な恋人を演じた横浜。3人が体現する登場人物の心情に寄り添い、時には包み込むような、水と風と光を感じさせる映像も素晴らしい。(細)
技あり
撮影監督は韓国のホン・ギョンピョ。「ひらめきと発見を信条とする激情型」で「カットごとにヌッキム(感じ)が生まれるまで粘りました」と話す。室内の照明、スカイライン狙いの夜空の色、雲や鳥の動きなど感嘆しきりだ。冒頭、子供の更紗が公園で本を読んでいると雨が降りだし、文が傘を差しかける出会い。風が強く大木が揺れる。
次は橋の情景、太陽が雲間からのぞき、光が走り、雨雲に戻ると相傘の2人が橋を渡っていく。激しく流れる川面を見せ表題が出る。「感性豊かで徹底的にこだわる」李監督との撮り方の妙が見えた。(渡)