「流浪の月」の李相日監督

「流浪の月」の李相日監督

2022.5.12

インタビュー:李相日「流浪の月」 松坂桃李と広瀬すずが体現してくれたこと

勝田友巳

勝田友巳

 

 許されざる関係が永遠に至るまで

李相日監督の新作「流浪の月」は、本屋大賞を受賞した凪良ゆうの同名小説が原作だ。同書を読んで「新しいことができるんじゃないか」と感じ、凪良に自ら手紙を書いて映画化にこぎつけた。骨太の作品で知られる李監督は、禁断の関係を描いた物語に何を見いだしたのか。濃密な映像を生み出す粘りの演出の舞台裏を、語ってもらった。
 


社会からはみ出した側に立つ

「悪人」「許されざる者」「怒り」など、社会の枠組みから外れた人たちの側に立って、その痛みや苦しみを描いてきた。「流浪の月」は誘拐犯と被害者が心を通わせる物語。世間からは認められない2人の道行きという点ではこれまでと通じるが、趣は異なるという。
 
「はじかれてしまう人たちの痛みという点では今までやってきたことと同じ流れにありながら、違う見え方がある。シビアな世界観とは少し違う、寓話のようでもある2人の関係の濁りのなさ、透明感みたいなものかな」
 
大学生の文は10歳の更紗を部屋に連れ帰って一夏を過ごし、強くひかれ合うものの、やがて文は誘拐犯として逮捕される。2人は15年後に再会し、その夏を思い出し関係を結び直す。2人の間に性的関係はなく、互いを束縛することもないが、強い思いで結ばれている。


©2022「流浪の月」製作委員会
 

言葉にすればきれい事でも

「2人の関係を言葉にすれば、きれい事のオンパレードになると思う。理想的でファンタジー的でもある。現実としてあるのかという、意地悪な気持ちが起きないでもない。でもだからこそ、最も終わりのないつながりではないか。恋愛とか友情とか、響きは美しいけど、同時に終焉(しゅうえん)も感じさせる。そういう意味ではこの2人は、それがない。永遠を感じさせる関係じゃないですか」
 
とはいえ誘拐被害者と加害者の〝許されざる関係〟を、説得力を持って映像にするのは至難の業。カギを握るのは俳優たちだ。
 
「映画は、最終的には俳優に集約されていくと思う。痛みや苦悩を抱えた人のシルエットやたたずまいは、俳優が体現してくれることで見る人に伝わる。もちろんセリフや動きも加味されるけれど、最終的には雰囲気やまなざしに宿ると思う」。文を演じた松坂桃李、成人後の更紗は広瀬すず。それぞれの世代を代表する2人を起用した。


 

5年の軌跡見つめ すずの更紗は最初に決めた

広瀬が演じた更紗は、「かわいそうな被害者」としての過去を受けいれた婚約者と暮らしていたが、文と再会して本当の自分を見つめ直す。「怒り」での、沖縄の米兵に暴行される高校生に続き、再び難しい役に挑んだ。李監督が最初に配役を決めたのが広瀬だったという。
 
「『怒り』で一緒にやってから5年ほど、日本映画の中心的位置に行ってほしいし、行くだろうと思って、僕なりに彼女の軌跡を見てきましたが、想像した以上だった。再会するにはいいタイミングだなと思えたんです」
 
「『怒り』の時は17歳ぐらいで、彼女の核の部分の、たくましさというか強さを感じました。強さは時として周りを引かせますけど、彼女は周りを引き寄せる。それが変わらず中にあるんだと確認できたし、まだまだ余白がある。いい意味で途上にある感じがしました。これからももっと先がある気がして、楽しみです」


 

心の巨大なろ過装置 桃李くん以外にいない

松坂とは初めての仕事。「文にぴったり、彼以外思いつかなかった」と明かす。「役の振り幅が大きいんですけど、ひどい人を演じても心底憎めない。人となりを知ってたわけじゃなく勝手な思い込みだけれど、人としてよどんでないというのが伝わってきた」。文は「ロリコンの変態」という非難を浴び、名字を変えてひっそりと生きてきた。更紗を大切に扱いながら、強制も拘束もしない。物静かだが更紗を強く思う文を、松坂が繊細に演じた。
 
「桃李くんは良い人という言葉ではくくれない、心の中に巨大なろ過装置を持ってるんじゃないかと思うぐらい、流れてくるものが澄んでいるんです。どういうふうに育ったらそうなるのか分からないですけど。文に欠かせない要素で、それは演技で埋められる範囲ではなくて、持ち前の人間性みたいなことですかね」
 
更紗の婚約者・亮を演じた横浜流星も、強い印象を残す。更紗の過去を受け入れ、優しく愛情を注いでいるが、文の登場によってゆがんだ内面をさらけだす。「原作にほれ込んでいると聞いて、会いました」と李監督。
 
「彼は礼儀正しいしストイックだし、昭和の匂いっていったら変ですけど、懐かしい感じがする青年でした。亮の持っている、ある種のゆがんだ自己愛や今の時代からはずれた女性との接し方が、横浜くんの持っているものと組み合わさると、リアルな人物として立ち上がるのではないかと思ったんです」


 

手探りで始めて「納得」の瞬間が訪れるまで

撮影現場ではなかなかOKを出さないことで有名な李監督。今回も多くのテークを重ねた。「自分では粘るという感覚は、あんまりないですけどね。納得できるまで待たなきゃいけないので、それが粘るということならそうなんでしょう」とサラリと言うが、恐れられると同時に多くの俳優が出演したがってもいる。
 
俳優に求めるものは多い。「最初は手探りで、俳優も試すし、ぼくもこうしてみたらと提案する。人物の核みたいなものがつかめれば、精度が上がっていく。回り道してもらうという感じですかね。思っていなかった発見があると思う。ひとりで想像する範囲はたかが知れています」
 
OKの基準はどこにあるのだろう。「セリフがちゃんと言えてるとか、画(え)がいいとかよりも、手探りから始めたことの姿が見えて、それに納得できれば、次に進める。それはたぶん僕1人の感覚ではなくて、朝から晩まで撮影現場にいれば、カメラマンやスタッフにも『あ、これだな』という瞬間は共通すると思う。少しずつ具現化されていくものですから」


 

バリバリのハッピーエンドじゃないですか

画面の密度や熱量の高さはこれまでの李作品通りだが、今回はラストの印象が大きく違うという。
 
「バリバリのハッピーエンドじゃないですか。他に何もいらないという境地に行けたんだから。原作者の凪良さんとも、更紗と文が社会からはじき出されたように見られたくないと話したんです。むしろ2人の方が、世俗的なつながりを捨てた。単純な希望とかいう言葉ではくくれないけれど、ある種の前向きさがある。2人が選択したということが、ハッピーエンドだと思うんですよね」
 
5月13日、全国公開。

シネマの週末 この1本:流浪の月 生身で示す静かな激情

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。