「ラーゲリより愛を込めて」  ©2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ©1989清水香子

「ラーゲリより愛を込めて」 ©2022 映画「ラーゲリより愛を込めて」製作委員会 ©1989清水香子

2022.12.09

この1本:「ラーゲリより愛を込めて」 極限で守る人間の尊厳

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

第二次世界大戦を題材にした映画はたくさんあっても、シベリア抑留が登場するのは「人間の條件」ぐらいしか思いつかない。本作は辺見じゅんのノンフィクションを原作に、瀬々敬久監督がシベリア抑留を正面から描いている。

終戦直前、満州国にソ連軍が侵攻し、陸軍特務機関員の山本幡男(二宮和也)は混乱の中で家族とはぐれ、捕虜となって収容所に送られる。ソ連担当だった山本はスパイの容疑をかけられるが、帰国を信じて仲間を励まし続ける。

物語の主軸は、抑留生活の中で人間性と自尊心を失わない山本と、その帰りを待つ妻のモジミ(北川景子)ら家族の人間ドラマ。山本は自暴自棄になる捕虜たちを咤(しった)激励し、懲罰を恐れず横柄なソ連兵に盾突いて待遇改善を要求する。周囲の捕虜たちは山本の人柄に打たれて気力を保ち、山本が病に倒れ死期が迫ると、日本の家族に向けた遺書を託される。しかし収容所から手紙を持ち出すことは許されない。どうやって山本の遺言を届けるかが、最後の見せ場となる。

エピソードの多くは辺見の著書に基づいているが創作もあり、誇張され脚色され、俳優たちも時に大熱演。観客の涙を誘うようにあざとい加工が施されてはいる。しかし映像で再現された抑留生活の苦しみは、俳優たちの肉体を通じて伝わってくる。

厳寒の中で乏しい食糧と過重なノルマを課された重労働、旧軍の階級を利用した強圧的な捕虜管理、反共分子を糾弾するヒステリックな「民主運動」、周囲が帰国する中で取り残される絶望感。終戦から最長11年、60万人が連行され6万人が死んだという抑留生活の悲惨さが、実感を伴って迫るのだ。〝感動〟のコロモを着けた娯楽作に託して、言うべきことを言う。瀬々監督の心意気が感じられる。

2時間13分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)

ここに注目

収容所の過酷な状況の中で、つかの間の川での水浴びや野球、句会があり、犬と触れ合いながら笑みがこぼれる時間がある。瀬々監督は深刻な場面ばかりではなく、生きることを諦めない力につながる瞬間も丁寧に描き出す。だからこそ原作を読んでラストは分かっていたはずなのに、山本の思いが運ばれてくる場面には涙をこらえきれなかった。山本の帰国を願う日本では、新聞に「もはや戦後ではない」と記され、復興が進んでいるという残酷さ。戦争そのものではなく〝戦争の後遺症〟を見つめ、図らずも今見るべき映画になっている。(細)

ここに注目

ナチスやホロコーストの被害者や加害者、当時の国家や社会から今に及ぶ影響を映し出す映画は世界中でひっきりなしに作られているが、日本では戦争を題材にした映画はここ数年減少気味だ。敗戦後のシベリア抑留という忘れられがちなテーマだが、人気俳優が多数出演する群像劇であり、これでもかというほどのラストの感動で観客を引きつける脚本、演出であっても、いやだからこそ、その意義は大きい。しかも、シンプルな戦争による殺し合いといった悲劇とは一線を画すある種のカタルシスを呼び起こす展開も斬新といっていい。(鈴)

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