2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。
2025.2.05
多彩・多才な映画職人たち スタッフ部門 第79回毎日映画コンクール【選考経過・講評】
第79回毎日映画コンクール各賞が決まった。スタッフ部門は約70人の選考委員による投票の上位得票者が候補となり、2次投票を実施した。
監督賞・三宅唱「夜明けのすべて」
【他の候補者】入江悠(あんのこと)▽黒沢清(Cloud クラウド)▽白石和彌(碁盤斬り)▽濱口竜介(悪は存在しない)▽安田淳一(侍タイムスリッパー)▽山中瑶子(ナミビアの砂漠)
「夜明けのすべて」©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会
新しい世界のモデルを示唆
【講評】エレガントで慎ましく、だが真に先端的で今日的な映画の革新。我々はその実践者として、三宅唱監督の名を挙げることができる。「夜明けのすべて」は一見常套(じょうとう)的なボーイ・ミーツ・ガールが物語の起点となるが、描かれるのは恋愛のパワーゲームではなく柔らかな共生社会の在り方だ。人間信頼に満ちた民主的で安全な環境。全ての生を祝福し、新しい世界のモデルを示唆する傑作。そんな映画が普通にあることの素晴らしさを三宅は実感させてくれた。(森直人)
「悪は存在しない」©2023NEOPA Fictive
脚本賞・濵口竜介「悪は存在しない」
【他の候補者】加藤正人(碁盤斬り)▽野木亜紀子(ラストマイル)▽港岳彦(ぼくが生きてる、ふたつの世界)▽安田淳一(侍タイムスリッパー)▽和田清人 三宅唱(夜明けのすべて)
俳優、スタッフに宛てた手紙
【講評】「悪は存在しない」の脚本は、監督もした濱口竜介が俳優やスタッフへ宛てた手紙にも思えた。ぶれない軸に巧妙な工夫がなされている。木の名は、森に生きる父・巧と娘の会話となる。水の恩恵を重ねた後、都会から来た人間と水の問題が浮かび上がる。不在の人物の写真に謎は深まる。数字を用いて丁寧に書かれた巧のまき割りは重要なシーンであると伝わる。鳥の羽根はチェンバロになる、という長老の話は不穏な風を運ぶ。静謐(せいひつ)な森へ誘う脚本は映画の設計図として秀逸であった。(大石みちこ)
「十一人の賊軍」©2024「十一人の賊軍」製作委員会
撮影賞・池田直矢「十一人の賊軍」
【他の候補者】浦田秀穂(箱男)▽奥山大史(ぼくのお日さま)▽北川喜雄(悪は存在しない)▽佐光朗(八犬伝)▽月永雄太(夜明けのすべて)
11人を描き分け、大セット生かす
【講評】新発田藩の奸計(かんけい)により、11人の罪人が送り込まれた要衝の砦(とりで)に、5000人余の官軍が殺到する。アメリカ映画風の能率主義アクションをこえて、奥行きのあるカメラワークが、11人を巧みに描き分け、砦とつり橋の大オープンセットを生かして、かつての東映集団抗争時代劇を彷彿(ほうふつ)させる。戊辰戦争の一挿話に日本近代への懐疑と権力者への怨念(おんねん)をこめた笠原和夫の伝説のプロットがよみがえった。池田直矢は1980年香川県生まれ、2024年には3本の撮影を担当。(小野民樹)
「箱男」©The Box Man Film Partners
美術賞・林田裕至「箱男」
【他の候補者】安宅紀史(Cloud クラウド)▽今村力、松崎宙人(碁盤斬り)▽磯貝さやか(雨の中の慾情)▽沖原正純(十一人の賊軍)▽佐々木尚(八犬伝)▽YANG仁榮(ラストマイル)
細部にこだわり シュールなイメージ
【講評】原作者からの許諾、映画化決定から中断を経て二十数年。この長い準備期間に石井岳龍監督はもちろん、美術家もいろいろと策を練っていたのではないか。それは楽しみであると同時に、苦しくもあったろう。その成果が、病院や箱男の住居などのロケ地、ダンボール箱、「ノート」などの小道具に至るまで表れた。全ての場面でディテールにこだわり、シュールなイメージに統一感がある印象的な映像美術を創り上げた。この難解な作品を、大いに助けていると思う。(竹内公一)
音楽賞・石橋英子「悪は存在しない」
【他の候補者】勝本道哲(箱男)▽佐藤良成=ハンバートハンバート=(ぼくのお日さま)▽Hi'Spec(夜明けのすべて)▽安川午朗(あんのこと)▽渡辺琢磨(Cloud クラウド)▽渡辺琢磨(ナミビアの砂漠)
見る者の知覚を刺激
【講評】石橋のライブ用映像を濱口竜介が制作したことから物語が膨らんでいったという。冒頭を彩る、ギター、シンバルの鳴りを前奏に据える弦楽のメインテーマは、映像と濃密な関係性を保ちながら精妙に映画空間を広げていくが、徐々に緊迫感を醸し出し、不穏、不気味な感覚をも招き込む。雄弁、誘導を拒否する石橋の音楽演出が見る者の知覚をいたく刺激し、想像をかき立てる。監督と作曲家の観念、感性、志向が一体化した高度な映画表現法にうならされた。(小林淳)
録音賞・浦田和治「十一人の賊軍」
【他の候補者】浦田和治(碁盤斬り)▽川井崇満(夜明けのすべて)▽小清水建治(ぼくが生きてる、ふたつの世界)▽田中博信(ミッシング)▽藤丸和徳(あんのこと)▽松野泉(悪は存在しない)。1作品ごとの対象とし、浦田は2作で候補に。
ベテランのあくなき挑戦
【講評】「十一人の賊軍」は日本実写映画ではまだまだ少数派の音響システム、ドルビーアトモスで製作された大作時代劇だが、多くの録音賞を受賞してきたベテランのあくなき挑戦が見事。大勢の登場人物のセリフを大切にしながら、アトモスでの音の緻密な空間設計と、過酷な現場での同録とアフレコのなじませ方は突出している。重厚でありながら吐息まで設計された録音技術と録音マンの矜持(きょうじ)は新たな映画音響表現の地平に観客を導き、没入させることに成功している。(松島哲也)