2024年を代表する映画、俳優を選ぶ「第79回毎日映画コンクール」。時代に合わせて選考方法や賞をリニューアルし、新たな一歩を踏み出します。選考経過から受賞者インタビューまで、ひとシネマがお伝えします。
第79回毎日映画コンクールで撮影賞を受賞した「十一人の賊軍」の浦田和治=内藤絵美撮影
2025.2.06
「観客に聞きやすい音を追究」最新技術駆使してもアナログ時代と考えは同じ 録音賞 浦田和治「十一人の賊軍」
2021年に続いて、2度目の毎日映コン録音賞。前回も同じ白石和彌監督の「孤狼の血 LEVEL2」で、激しいアクション場面があるドラマ。「ドンパチで受賞したのは驚いた」と言うのも、毎日映コンの録音賞は比較的〝聞かせる〟作品が多いから。「それだけちゃんと見てくれたということ。うれしいね」
大雨、大風 アフレコ主体に
もっとも「十一人の賊軍」と「孤狼の血」とでは、録音部の仕事としては対照的だった。「孤狼の血」が撮影現場で録(と)った音を使い、「ほぼシンクロ(同時録音)」だったのに対し、「十一人の賊軍」は、セリフも環境音も「アフレコ(後録音)主体」。自身は「現場の音を大切にしたい」とシンクロが好みだそうだが、要請に応じ現場の状況次第でいかようにも対処するのがプロ。「十一人の賊軍」は、大がかりなセットを組んだ時代劇の上、激しい雨風の中で大勢が入り乱れる大活劇。「雨降らしに大風のための大扇風機。シンクロでは絶対無理」とぬかりなく準備して撮影に臨んだ。
俳優同士の声も聞こえないほどの扇風機の騒音と土砂降りで、俳優の体にピンマイクは仕込めない。現場の音でも録れるだけの音は録ったが、セリフも効果音もほとんど撮影終了後に作り込んだ。「作業量は膨大で、時間がかかった。セリフのある俳優さんが30人近く、アフレコは1日2人ぐらいしかできないから、それだけで15日。さらに音響の処理があって、4カ月以上かな」
「十一人の賊軍」©2024「十一人の賊軍」製作委員会
「ドルビーアトモス」採用 膨大な作業に
加えて今回初めて、最新の音響システム「ドルビーアトモス」を採用した。従来の音響は、前後左右の5カ所なり7カ所なりのスピーカーに音を振る仕組みだが、アトモスではさらに立体的、正確に音を配置する。「〝空間処理〟という考え方なんです。音をピンポイントで128カ所に振ることができる」
日本では導入が始まったばかり。上映できるのは50スクリーン程度、実写映画ではほとんど先例がない。それでも挑戦したのは「世界標準だから」。「日本は遅れているよね。好き嫌いは別にして、技術者なら目指すべきですから」。第一人者としての矜持(きょうじ)がにじむ。アトモスでは音が自在に配置できるから、臨場感は従来の比ではない。
といって、現実の音響に近づければいいというわけでもないという。「室内にもオープンセットにも、それぞれの空間の響きがある」。セリフが聞こえてくる方向も、画面に見えている通りが最善とは限らない。「音が回っていればいいのではなく、お客さんにとって聞きやすいようにするのが大切。普段はあまり、前後左右に音は振りません。今回は映像に合わせて振りましたが、シーンの後半、芝居が煮詰まってくるところでは、お客さんが集中できるように配慮しました」
「十一人の賊軍」©2024「十一人の賊軍」製作委員会
大事なのは作品への思い入れ
映画の音響設計は、物語の展開、画面の構成、構図などさまざまな要素を加味しなければならない。「音の素材はダイアローグだけじゃない。空間による特性もあるし音楽や効果音も加わる。音楽や芝居のダイナミックなうねりに合わせる」。セリフのアフレコも、現場で俳優の生の声を録るのと同じにはいかない。「俳優の感情を作るのも大変です。すんなり入れる人ばかりではないから。現場で演じているのと、編集された映像を見ているのとでは、リアクションも違う。もっとも、それも面白さ」
そして、作品への思い入れ。「それがないと、やってられないですよ。『十一人の賊軍』でも、ある部分ではものすごく音楽がでかい。あ、手がいっちゃったみたいな感じ。全員あきれてたけど、NGにはならなかった。進んだ技術は補助手段で、最後は自分の気持ち」
結局映画の音響は「全体の構成。正解はないんじゃないかな。その時はそれが最良だと思っても、全部100点とはいかないもんね。極端に言えば好き嫌いしかない。決めごとでバランス取るのは嫌いだけど、やりすぎるとすべてがダメになる。崩れる一歩手前がいちばん美しい」
「碁盤斬り」「一月の声に歓びを刻め」……両極端「楽しい」
今回の映コンでは「碁盤斬り」でも候補となった。こちらも白石監督による時代劇だが、囲碁の対局など静かな場面が多く対照的。「『十一人の賊軍』ができるだけ派手なドンパチ、『碁盤斬り』はシンクロで、どのぐらい小さく聞かせるか」。このところ立て続けに、白石監督とNetflixの「極悪女王」の現場に入り、三島有紀子監督の「一月の声に歓びを刻め」にも録音監修として参加した。映画の作柄も監督の持ち味もさまざまだが「両極端で、楽しい」。
映画界に入ってほぼ半世紀。技術は光学録音からデジタルへ、シネテープからコンピューターへと〝進化〟した。「ワープロも使ったことがなくて、『クリックってなんだ?』というところから始まって。教えてくれる人もいないから、自分で必死に勉強した」。もっとも「技術は激変した。でも、考え方は変わらない」と言う。「音が良くなったからって、映画が良くなるわけでもないしね」
毎日映コンで録音賞5回の西崎英雄を〝師匠〟と仰ぐ。「切腹」(小林正樹監督)、「心中天網島」(篠田正浩監督)、「儀式」(大島渚監督)など、1960~80年代に、数々の作品を手がけた伝説的録音技師。「最初に助手についてダビングしたときに『なんだこのバランスは』と思ったんです。でも映画を通してみると、納得する。それまで美しくバランスを取ることを考えてたけど、それじゃつまんない。強烈でしたね。だから目標です。やっと足元ぐらい来られたかな」