毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.9.30
この1本:「マイ・ブロークン・マリコ」 残酷な現実を生き抜く
主役の女性2人のうち、片方は開巻時点でこの世にいない。生き残った片割れが、遺骨を抱いて旅をする、ひとりきりの2人旅。生と死を往還するロードムービー。後ろ向きだけどポジティブ、重くて暗いのに見終わって元気が出る、タナダユキ監督の力作。
ブラック企業の営業職シイノ(永野芽郁)は、小学校からの親友マリコ(奈緒)が投身自殺したことをニュースで知る。マリコを虐待していた父親の元から遺骨を奪い、マリコが行きたいと言った「まりがおか岬」を目指す。
物語は簡潔。シイノは岬に向かって突っ走る。しかし彩りは複雑だ。旅の道すがら回想場面が挿入されて、マリコとの太くて強いつながりが明らかになってゆく。思い出すのはつらいことばかり。マリコは長年父親に虐待され、クズ男たちにボロボロにされる。シイノだけが頼りだが、壊れかけの自分をどうしようもない。孤独なシイノもマリコだけが世界をつなぐよすがなのに、目の前でリストカットするマリコを面倒くさがってもいる。それでも心温まる瞬間もあって、共依存の関係が切なく浮かび上がる。
思いが迷走し死のふちをのぞき込むシイノの前にマキオ(窪田正孝)が現れて、シイノにさりげなく手を差し伸べる。シイノの迷いを晴らすのは、素っ気ないが親切な彼が示すシンプルな真理だ。死んじゃダメ。
タナダ監督は、世界はどうしようもないことばかりだと残酷な真実を告げ、いくら心配しても届かないことがあると切り捨てながら、それでも生を肯定する。「いない人に会うには生きてるしかない」のだ。
永野が、たばこをふかし鼻水を垂らして泣き叫ぶ、粗野で直情のシイノを好演。マリコのはかなさと危うさを体現した奈緒とともに、映画に血肉を与えた。1時間25分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(勝)
ここに注目
一つ一つのセリフの重み、その力強さと深い余韻に幾度も目を見張った。シイノとマリコのなにげない話、岬近くでのマキオとシイノの距離感を保った会話など胸に刺さる言葉があふれた。切れ味鋭く人の弱さや悲しさを射抜く言葉があり、人の気持ちを穏やかに包むセリフもあった。シイノの鬱屈と激情が増すほどに優しさが際立ち、マリコやマキオの静かな語り口の背後にのぞく切なさや強さが心に染みた。岬の先端の場面は過剰さを感じたが、これほどどっぷりとつかったのは、ぶれない脚本とそれを生かした演出の力だと思う。(鈴)
技あり
高木風太撮影監督は明快でスピード感ある映像でまとめた。終盤、岬でマリコの遺骨が快晴の空に舞うのを見る、シイノのアップ。背景を光るススキで埋めた。この場面、ロケハンで逆光のススキに魅了され「撮る」と決めていたものの、季節が移ってしまい、現地で集めた。旅の終わり、駅でマキオに「ご恩は一生忘れません」と神妙なシイノは、電車に乗ると弁当にかぶりつく。2人を画面の両端に置いた不安定な構図。電車が動き出すとシイノは手をちょっと振ってあいさつし、弁当に集中。これがシイノの持ち味。配役は成功した。(渡)