2023「月」製作委員会

2023「月」製作委員会

2024.1.03

私の趣味嗜好(しこう)とは異なる作品に巡り合わせてもらえる理想の俳優・磯村勇斗「月」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

古庄菜々夏

古庄菜々夏

公開前から大問題作と呼ばれて、映画賞も多数受賞してきたこの作品をなぜ私が見に行こうと思ったのか。純粋にこの作品の目撃者としてこの作品を知りたいという気持ちはもちろんだが、もう一つの大きな動機は俳優の磯村勇斗さんの存在だ。


 
私は約6年前から彼が出演する作品を見るようになった。2017年の朝の連続テレビ小説「ひよっこ」や、2018年の第5回ドラマ甲子園大賞受賞作「キミの墓石を建てに行こう。」では純粋で繊細な青年に見えたかと思えば、ドラマ「今日から俺は‼︎」ではヒールのヤンキー、2019年のAbema TV「御曹司ボーイズ」では財閥のイケメン跡取り息子など、演じる役の幅広さ、そして、各作品での顔つきの違いに衝撃を受け、これが彼になし得る芝居なんだと感銘を受けた。それと同時に、役者という仕事を始めたきっかけや芝居に対する考え方などを知れば知るほど彼のとりこになり役者としての理想像のようなものを見るようになった。彼には芝居においてNGというものが存在しない。役を全うするために必要なことは全て引き受け演じきる。そんな彼の役者としての姿勢があまりにも格好良いのだ。
 
彼は中学生の時、平凡が嫌で何かを作りたいという衝動から友人とで映画を自主製作し上映したことをきっかけに俳優を目指すようになったという。地元での劇団の活動を経て、近年は映像作品を中心に大活躍している。7本もの映画に出演した一昨年、そして昨年は「最後まで行く」「波紋」「渇水」「月」「正欲」と、話題作&意欲作における超〝 難役〟を任されて演じ切って魅了した、まさに飛躍の一年となった。言わずもがな、これらの作品において彼の存在は不可欠である。彼のように作品と観客の橋渡しができることが、俳優が存在する意義の一つであり、そんな存在になれることが私自身の目標の一つでもある。
 
彼は、私の趣味嗜好(しこう)とは異なる作品に巡り合わせてもらえる理想の俳優であり、「月」もその作品の一つだ。実際に起きた事件、それも、私が生まれる前に起こった知らない事件などでは決してなく、記憶に新しい出来事が描かれた原作の映画化。正直無事公開されるかも分からない作品だったという「月」のオファーを引き受け、その巧演によって、さとくんを体現する役者は彼しかいなかったのだと思わせてくれた144分間だ。世に問われる作品に向き合う覚悟が、精神的にも肉体的にもキツい役柄に挑んだ彼の姿を通してスクリーンからヒシヒシと伝わってくる。

この映画の興味深いところは、磯村さん演じるさとくんが言っていることをあくまで理解はできてしまう自分に気付かされるところだ。もちろん同意できるか否かは別の話だが、意思疎通ができない人間には心がないと主張するさとくんが「人ってなんですか」と淡々と、怒りでもなく傲慢でもない微妙な感情で言い放つそのセリフに背筋を正した。
 
私自身、大学の授業で何度か、さとくんのようないわゆる優生思想について考える機会はあったが、正直その時は自分とは関係のない思想だとどこかで思っていた。しかし、映画には原作で登場しない洋子という人物が描かれていることで、さとくんの考えや言葉がグッと自分に引き寄せられる感覚があった。洋子のようにリスクの高い出産で、自分の子供が障害を持って生まれてくるとしたら正直どう感じるだろうか。なんの迷いもなく産み育てるという決断ができるだろうか。障害者施設で働き、その実情を目にした時、どんな感情が湧き起こるだろうか。どれもこれも私が20年生きてきて深く考えなかった、考えようとしてこなかった事象が頭の中でぐるぐると回っていた。向き合おうとすればするほどこの作品に刃を向けられるような感覚に陥る。でも、その刃と対峙(たいじ)することこそがこの作品を見る意味なのだとも感じた。
 
正直、今回の執筆は記事を読んでくださる全ての方に作品を勧めたくて書くというより、自分の中で整理して少し落ち着いた気持ちや言葉を残しておきたいという思いもあり「月」を書かせてくださいとお願いしました。この作品について執筆する機会をいただけたことに感謝しています。そして磯村勇斗さんのような、作品と人をつなげる橋渡しのような俳優になれるよう精進したいと思います。

磯村勇斗インタビュー:「直感的にこの作品には参加したかった」実際の事件をモチーフにした役柄への挑戦

関連記事

ライター
古庄菜々夏

古庄菜々夏

ふるしょう・ななか
2003年7月25日生まれ。福岡県出身。高校の時に学生だけで撮影した「今日も明日も負け犬。」(西山夏実監督)に主演し「高校生のためのeiga worldcup2021」 最優秀作品賞、最優秀女子演技賞を授賞。All American High school Film Festival 2022(全米国際映画祭2022)に参加。現在は東京の大学に通いながら俳優を目指す。

この記事の写真を見る

  • 2023「月」製作委員会
さらに写真を見る(合計1枚)