2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。
2022.5.07
高梁市成羽美術館館長・澤原一志さんが見た高倉健主演映画5選
「美術館から見た高倉健」と題して、追悼特別展「高倉健」巡回の美術館の学芸員から見た高倉健やその作品を語った記事を再掲載します。
4回目は高梁市成羽美術館館長・澤原一志さん執筆の5回シリーズ一挙公開です。
就職面接でスカウト
俳優高倉健。本名は小田剛一、北九州から上京し明治大学を卒業後、偶然就職面接でスカウトされ俳優になることを勧められる。金になるならと希望もしない俳優の道を選ぶが、生まれて初めて顔にドーランを塗られた時、情けなさに涙を流す。生まれ育った九州では役者を軽視する気風があり、身を落としたという思いがあった。
1956(昭和31)年、小田剛一は高倉健として「電光空手打ち」でスクリーンに登場し、1週間後には第2弾の「流星空手打ち」が公開された。脚本は高倉健にとって忘れることができない生涯の想(おも)い出である。
二つの映画は二部構成で上映され、いずれも初々しい二枚目俳優高倉健が鍛えた体と180センチの長身を生かして活躍している。東映は新スターを誕生させるべくその後「大学の石松」シリーズ、「喧嘩社員」シリーズ、「万年太郎」シリーズなどが主演で作られ、人気絶頂の美空ひばりの相手役にも数多く起用された。
2018年08月29日掲載
任俠のイメージ一変
多くの方がこの映画を見て、それまでの任俠映画スター高倉健のイメージを大きく変えたことであろう。1977(昭和52)年公開の「八甲田山」と「幸福の黄色いハンカチ」により、高倉健は第1回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞する。東映から独立し、新たな映画づくりへ転換の一歩となった。
不器用で無口な高倉健と、武田鉄矢や桃井かおりのとぼけた演技や掛け合いが、実にユーモラスな味わいをみせている。高倉演じる勇作が、倍賞千恵子演じる光枝を見初めるスーパーマーケットの場面。額に汗を流して一生懸命働いている姿を見て、自分が求めていたのはこの女の人だと勇作は思う。実に二人の純な思いがあふれた名場面である。
実際の高倉健も、派手に振る舞う豪奢(ごうしゃ)な女の人よりも、地味で額に汗して働く姿に魅力を感じる人柄であった。演技より人柄そのもので存在感がある俳優、高倉健である。
2018年08月30日掲載
切ない愛情の物語
任俠(にんきょう)映画で人気を博した高倉健。「夜叉(やしゃ)」は、やくざ役で主演した最後の映画である。
やくざの世界から足を洗い漁師になった修治(高倉健)と、大阪ミナミから漁師町に来た蛍子(田中裕子)との切ない愛情の物語。二人の静かで切々とした交感場面に流れるハーモニカの調べが見る者の心に深く響く。世界的なジャズ・ハーモニカ奏者トゥーツ・シールマンスがこの映画のために演奏している。
雪の中ひそかな逢(あ)い引きの場で蛍子のかざした真っ赤な傘が風に舞い飛ぶシーンや、日本海に面した突堤に立つ小さな灯台と蛍子親子の印象的なシーン。荒れ狂う海と雪が舞う漁師町の厳しくも寂しい美しさ。さまざまなシーンに、高倉の映画に数々携わった木村大作カメラマンと巨匠降旗康男監督による絶妙のコンビネーションと二人の美意識があふれた作品である。
2018年08月31日掲載
実直な駅長演じ
直木賞を受賞した浅田次郎のベストセラー小説「鉄道員」を、東映東京撮影所長の坂上順が、定年を迎えるスタッフの希望で高倉健主演の映画作品として仕上げた。19年ぶりの東映映画で、時代を共に過ごしてきたスタッフたちとの熱い思いを込めた作品となった。
原作を基にしながら隆旗康男監督と脚本家の岩間芳樹が練りに練って良い本を仕上げ、ぴったりの素晴らしいキャストをそろえている。高倉は国内の各賞をはじめモントリオール世界映画祭の最優秀男優賞を受賞するなど、世界的にも高い評価を得た。
高倉演じる駅長乙松の仕事一筋の実直でひたむきな生き方、廃線を迎えやがて消えゆく鉄道と駅を想(おも)う淋(さび)しさは、時代に取り残されようとする私たちの身に切なく迫ってくる。広末涼子演じる亡娘との邂逅(かいこう)は幻想的な中に心温まる名場面であり、雪の中に倒れた乙松の最期に悲しくも心落ち着かせる感動を呼ぶ。
2018年08月31日掲載
格調高い遺作
亡くなる2年前の2012年に封切られた作品「あなたへ」は、高倉健最後の映画となった。
刑務所指導技官の主人公が、亡き妻の望みをかなえるために妻の故郷へ旅し、海に散骨するロードムービーである。法の枠の中で正しく平凡な日常を生きてきた主人公が職を辞し、妻の意図に困惑しながら旅するうちに、社会の一隅で生きる人たちの悩みや温かい思いやり、優しさに触れてゆく。
妻役の田中裕子が歌う宮沢賢治の詩「星めぐりの歌」にトゥーツ・シールマンスがハーモニカを奏で、独特の情感あふれる天空の城・竹田城跡(兵庫県朝来市)の場面は静かに響き、いつまでも心に残る。妻からの最後の手紙を受け取り、美しい夕日の海に散骨を済ませた主人公は、ようやく妻の本当の意図を知るのであった。
盟友・降旗康男監督と創った静かで格調高い作品であり、高倉の遺作として相応(ふさわ)しいものである。
2018年09月06日掲載