2021年福岡市・ユナイテッド・シネマ福岡ももちにて行われた上映会=提供写真

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2023.7.15

自主上映で2万人を動員! 女子高生だけで作った映画「今日も明日も負け犬。」の活動が終わるわけ

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

小田実里

小田実里

原作から全て女子高生だけで製作した映画「今日も明日も負け犬。」。地元福岡で上映会を開催してから約2年。映画の題材であり、監督・西山夏実の持病でもある起立性調節障害の理解を深めるため、全国72カ所、約2万人を動員する上映活動を行ってきた。そんな私たちだったが、7月4日に映画DVD/Blu-rayリリースをもって全活動を終了した。活動終了の決断に至った監督西山と原作・脚本の小田実里、そして映画を地道に届けてきたメンバーの足跡を、小田がつづった。

 
「もう、終わろう」
今年2月、温泉の休憩スペースで、目の前の西山から発される言葉を私はゆっくりと咀嚼(そしゃく)していた。彼女は今「今日も明日も負け犬。」活動終了の話をしている。去年の夏から映画を教育機関や個人に届けていく活動を行っていた私たちは、目指すべき場所が少しずつひずみ始めていた。「映画を届けていきたい」とはいえ、それを進めていくスケジュール、そこにさける時間や人の不完全性から、どのぐらい届けたらそれは「届けた」ことになるのか。私たちはまるで出口のない砂漠をトボトボと歩いているようだった。

 
「私たち」とは、あの時映画を作っていた28人ではなく、5、6人である。私と西山と大学生になったメンバー数人。高校生のためのeiga worldcup2021で日本一の称号を得た途端、関東、全米学生映画祭での上映が流れるように進み、国内外から殺到する上映依頼に少ないメンバーで応えた。

講演に呼ばれれば、喜んでどこへでも飛んでいくような日々を送っていた。いや、訂正したい。私たちはそんな日々を「泥臭く」送っていた。ありがたいことに毎日やってくる大量のメールと講演の打ち合わせ、それと並立して進めなければならない教育機関に手を借りて映画を届ける活動。私たちはそれらに余すことなく体力を注ぎ込んだ。明らかに社会でのサバイブ能力が足りなかったことから、依頼主の方からお叱りを受けることもあった。池に浮かぶかもを見て今すぐアレになりたいと思いながら謝罪の電話をかけたこともある。
 
中高生に発症しやすい病気を題材にしたこの映画は教育現場へのアプローチが最も大きく、主にPTAや教育委員会の主催で上映が行われることが多かった。一つの地域で上映されるとうわさが伝染して、隣町からも上映依頼の声が上がるという社会の構図に気づいてからは全国を浮遊するこの映画が人の心を行き来する魂のようにみえた。聞いたことのない町の名前にたくさん出会って地理に強くなったと思う。

 
同時に多くの上映依頼に応えるのは大変だったが、これをやめるということは作品へのネグレクトであるとも思い込んでいた。あなたは、育児をする人に「あなたの将来の夢は」と問いかける人を見たことがあるだろうか。もし問いかけた人がいるとして、自分の夢を語る育て親は過去にいただろうか。目を離せば死んでしまう赤ちゃんをみるように作品を扱ってきた私たちは一休みする時間さえ逃し続けていたのだ。そんな作品の育て親になっていった私は、自分の将来よりも作品の将来をどうしていくかを考えるようになっていた。たくさんの話に追われる日々。会うたびに、疲れがどんどん増しているようにも見えた西山の顔。


それでもたまっていくやらなければいけないこと(西山もきっと小田のこと、同じように見えていたのかな)。目まぐるしい日々に追いつけず、心のエマージェンシーコールが鳴ったとき、2023年に入った途端に、二人で2カ月間の休養期間に入ることにした。西山はどこか外国に行き、私は国内で春風のごとくふらふらした。それでも心が完全に休んだ状態にはなれなかった私は、完全に活動を人に任せられなかった。
 
2カ月がたち西山が外国から帰ってきた時に、私たちは温泉に向かった。久しぶりに見る西山の顔はスッキリしているような、それでいてどこか内側に陰りがあるように思えた。温泉を出たところの休憩スペースで、西山が発したのは活動終了宣言。私が休養期間の2カ月で進んだ話の報告をし終えた時だった。もっと大きな規模感で映画を届けていく話だった。最初、妥協のように聞こえた彼女の言葉に「まだ続けたい」と私は保守心から言ったが、それに対して彼女は保守心から「もう終わろう」と返した。

 
私たちには未来があること。
「今日も明日も負け犬。」を死ぬまで背負う必要はないこと。「今日も明日も負け犬。」というものを私の人生の全てにしてはいけないし、私たちはいつまでもここにすがってはいられないということ。
 ただ、作品が独り立ちするまでは責任がつきまとう。それだけのことである。

それを西山に伝えられた時、私は納得し、そこで「今日も明日も負け犬。」の活動を終えることを決断した。3年間歩いてきた砂漠にようやく旗が立った。活動終了を決めた後ももちろん上映依頼の声が届いた。一つ一つ、上映会について受け付けを完全に終了することを伝えた。各所で進めていた話も中断させて、自分たちの手でこの映画をきれいに終わらせていくことにした。それは、胸が少しぎゅっとなるような行いであり、私たちの活動にようやく旗が立ったことを示すような通過儀礼であった。

 
届けたい人に1番も2番もない。届く人を選ばないから見たいと思った人が見られたらそれで良い。明確なゴールも目標もないけど、「見たい時に見られる媒体を」、これだけは漠然としつつも確かにあったはずだ。だから活動を続けてこられた。
 
2023年7月4日、福岡の大きな映画館で映画を披露してちょうど2年という節目の日に、私たちはDVD・Blu-rayリリースをもって活動を終了する。「作品の独り立ち」という漠然とした目標。本格的に映画を届ける方向に活動をシフトしてから、届き続けていた円盤化を求める声。たくさんの声を届け続けてくれた人たちに、もう待たなくて大丈夫ですと言える。そのうれしさにはどんな違和感もない。映画がようやく私たちの手元から離れていく。独り立ちするからといって完全に目を離せるわけではないけれど、いつだったか「あんたたちは失敗した方がおもしろいんよ」と言ってくれた大人みたいに、私もそんな気持ちでこの作品がたくさんの人の心を飛び回るのを見届けたい。
 
そういえば、西山に「小田、本書いてよ」と言われた時も私たちは温泉にいた。二人でなにか大事なことを決めるのはいつも温泉だ。次に西山と同じ湯につかるのはどれぐらい先になるのだろう。もしかするともう二度と来ないのかもしれない。予期せぬ未来まで人生は続く。「今日も明日も負け犬。」という活動で生まれた感情をこれからは湧き水にして、この先の日々をぽかぽかした気持ちで営んでいきたい。
 
DVD、Blu-rayなどの詳細
今日も明日も負け犬。公式HP – ー起立性調節障害と紡いでいくー (makeinu.dog)

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ライター
小田実里

小田実里

おだ・みさと
小説家・脚本家
一般社団法人MAKEINU.代表
2024年5月に小説「今日も明日も負け犬。」(幻冬舎)で作家デビュー。

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