第96回アカデミー賞授賞式は、3月10日。コロナ禍の影響に加え大規模ストライキにも直撃されながら、2023年は多彩な話題作、意外な問題作が賞レースを賑わせている。さて、オスカー像は誰の手に――。
2024.3.08
アカデミー賞主要2部門でのノミネート「パスト ライブス/再会」今世で結ばれても結ばれなくても、それもまた運命
突然だが、私は「待ち合わせ」が好きだ。時計が壊れてしまったのではないかと思うほど1秒を長くも短くも感じる不思議な感覚。実際に相手の顔を見たときの、喜びと緊張が入り交じる瞬間のいとおしさ。どんな表情や第一声がふさわしいのかを探り合う、あのくすぐったい空気感。待ち合わせという行為が持つときめきは、初対面、再会、リアル、オンラインに関係なく、私にはとても特別なものだ。
海外移住によって離れ離れ
そんな胸のざわめきを、映画を通して何度も味わわせてくれた「パスト ライブス/再会」。
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を抱きながらもノラの海外移住によって離れ離れになる。12年後にオンラインで再会した24歳の2人は、ソウルとニューヨークに暮らしながら海を超えて互いを思いあうが、生活や気持ちのすれ違いから疎遠になってしまう。しかしその更に12年後、36歳となった2人はニューヨークの地で再会し、互いの気持ちを確かめることになる。ノラの結婚相手アーサーの複雑な思いも交差するこの再会で、果たしてどんな運命が選ばれるのか。
「縁」の意味をじっくりと考えさせられる
2人の関係を12歳、24歳、36歳と12年ごとの3部構成で描いたこの作品は、それぞれの年代における恋愛の特徴のようなものが濃く映し出されていた。12歳の2人からは、人を好きになることの純粋な部分だけを抽出したシーンに、あどけなさと懐かしさを感じる。それぞれの場所で夢や目標を追いかけるなかで再会した24歳の2人からは、恋の熱量が特に伝わってきた。27歳の私にはとてもリアリティーがあり、恋愛や夢、人生設計、全てのバランスをとることの難しさに痛いほど共感した。そして、メインパートとなる36歳のノラとヘソン、そしてノラの夫アーサー。3人の表情や言葉からは恋愛を超えた部分、この物語のキーワードでもある「縁」の意味をじっくりと考えさせられる。
再会のシーンは、尺をたっぷり
この映画は3部構成のみならず、時間の見せ方にかなりのこだわりを感じた。未来、現在、過去、そして前世。大きな枠組みの時間軸と、一瞬一瞬の切り取り方のバランス感に特徴がある。例えば、2人が離れていた二十数年という長い期間をほぼ描かないのに対して、連絡や交流をしている期間はしっかりと見せる。この手法が、再会がもたらした喜びと期待感が2人の人生にとってどれだけ濃密なものであるかを感じさせる。その中でも、冒頭で書いた「待ち合わせ」、すなわち再会のシーンは、尺をたっぷりと使い特段丁寧に描かれていた。24歳のオンラインでの再会と36歳のニューヨークでの再会。目線や細かい表情、会話の間や沈黙がとてもリアルで、こちらまでもが緊張で息苦しくなるほどだった。極めつきはクライマックスからラストにかけて。1秒が永遠にも一瞬にも感じるドラマチックで張り詰めた空気を、あんなにも美しく表現されたらもうお手上げだ。きっと多くの人の記憶に残るシーンとなるだろう。
2人の女性が歩んだ人生
本作が監督デビューとなる劇作家セリーヌ・ソンは、12歳でソウルからカナダへ移住した自身の経験からこのオリジナル脚本を執筆したという。ソウルからニューヨークへ移住したノラをはじめ、他の登場人物もセリーヌ監督を取り巻く人間関係を基にしている。ノラを演じたグレタ・リーも韓国系移民2世としてアメリカで生まれ育った。移民家族として社会にもまれた彼女の経験がキャラクターに投影され、ノラのせりふや行動の説得力を増している。全体を通して感じた自然な雰囲気の理由のひとつが、この2人の女性が歩んだ人生にあった。そしてノラを取り巻く2人の男性、ヘソンとアーサー。彼らの視点からみても、語るべきことが多すぎる作品だ。
それもまた運命
過去に選択された全てのことが今につながっている。もしもひとつでもズレていたら、出会えなかったかもしれない。今世で結ばれても結ばれなくても、それもまた運命。手繰り寄せるか、身を任せるか。アメリカと韓国を舞台に描かれる「縁」の物語はロマンチックでまぶしく、とても切ないものだった。
美しい記憶を抱きしめる
上質な大人のラブストーリーと評されるこの一作。大人の恋愛といえば、禁断の恋をテーマにしたドロドロしたものをイメージしてしまいがちだった私の認識を、奇麗に塗り替えてくれた。触れたいのに触れられないもどかしさを感じながらも、大切だから壊さないように美しい記憶を抱きしめる。感情を押し付けるのではなく、相手の気持ちを最大限に尊重する。それこそが大人の恋愛であり、人を愛するということの本質なのだと、未熟な私に教えてくれた。
第96回アカデミー賞、作品賞と脚本賞の主要2部門でのノミネートも納得の大注目作品である。
3月10日特別先行上映、4月5日公開。