「マミー」の一場面

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2024.7.25

「マミー」 〝正義〟が人を傷付けることも:英月の極楽シネマ

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

今から26年前に和歌山市で起きた毒物カレー事件は、夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入し、67人が急性ヒ素中毒を発症、4人が死亡するという凄惨(せいさん)な事件でした。2009年に最高裁で林真須美死刑囚の死刑が確定しましたが、彼女は今も無実を訴えています。その判決に疑問を投げかける二村真弘監督が、捜査や裁判、報道に関わった人たちに取材を試みたドキュメンタリーです。

例えば、有罪の決め手とされた「ヒ素の鑑定」について、鑑定をした側と、鑑定のデータを検討して不正を指摘した側、双方にインタビューします。それだけでなく、真須美死刑囚の生まれ故郷にも、カレー事件の舞台となった場所にも行き、近所の人たちに聞き取りを行います。その熱心さには頭が下がります。

けれども、ふと思います。もし私が近所の住人だったら、取材を受けただろうか? 多くの人がそうであったように、インターホン越しに断ったのではないか。そうして断ったにもかかわらず、その音声や家の外観が映画に使われるのは嫌なものです。

ある仏教者がこんなことを言っていました。「自分が正しいという思いに立った時、自分の一番いやらしいところが出る」と。「冤罪(えんざい)を暴く」という「正しいこと」をしているのだから、取材相手たちが傷付いても構わない。何なら、罪を犯しても--。監督の激しい行動に恐怖すら覚えました。

しかしこれは彼だけの問題ではなく、「自分は正しい!」と思った時、私たちも平気で人を傷付けているのかもしれません。自分ではまったく気付かないままに。そんな私たちの映し鏡である監督が、実はこの映画の主人公なのかもと思いました。

8月3日から東京・シアターイメージフォーラム、大阪・第七芸術劇場ほかで公開。

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