2021年に生誕90周年を迎えた高倉健は、昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。毎日新聞社は、3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと思っています。
2024.12.07
「恋とは自分本位、愛とは相手本位」高倉健没後10年「居酒屋兆治」心に響く愛の物語
函館が舞台
「居酒屋兆治」は函館が舞台だ。先日、初めて訪れた北海道の土地が函館だったということもあり同地が舞台の作品を見たいというのがきっかけだった。高倉健演じる藤野英治は、加藤登紀子演じる妻・茂子とふたりで「兆治」という居酒屋を営んでいる。いつも常連でにぎわう店は繁盛しており、忙しく過ごしながらも幸せな日々を過ごしていた。そんななか大原麗子演じる昔の恋人さよとの再会により英治の人生は少しずつ乱されていく。
心も身体もほぼゼロ距離
この作品の魅力のひとつは寡黙な店主の周りのゆかいな常連客たちである。客が勝手に席を増やし年齢や職業関係なくお酒を飲み交わす様子はまるで私の故郷福岡の屋台のようだ。その客を演じる俳優も伊丹十三、田中邦衛、武田鉄矢、細野晴臣など、かなり個性的で豪華な顔ぶれなのだが、それぞれのキャラが確立され、人間らしい感情の動きが生き生きと演じられている。
特に面白かったのがケンカのシーン。大の大人が、ちょっとしたことですぐ取っ組み合いのケンカをする。見ているこちらを散々ハラハラさせたあげく、次の日になるとケンカのことなどすっかり忘れて、また一緒に酒を飲む。
心も身体もほぼゼロ距離である彼らの姿が、令和の時代、むしろ新鮮に映った。
泣く女
そして飲み屋のシーンと対照的にさよが登場するシーンはずっと重々しい。夫のもとから失踪を繰り返し英治の前に現れては「あなたのせいなのよ……」と辛辣(しんらつ)に訴える。急に現れて嘆いたり泣き崩れたり、まるでホラーかと思ってしまうが、その姿はなんとも美しく、英治のみならず多くの男たちの心をかき乱す。ピカソの作品の「泣く女」はモデルとなった女性の〝最も美しい姿〟を描いたそうだが、まさにさよは完ぺきな最も美しく泣く女なのであった。
恋と愛
更にさよと英治の関係性を見ていて考えた。今なおよく議題としてあがる〝恋と愛の違い問題〟。なんとなく恋愛が恋、結婚は愛なんて言われているように思う。さまざま定義できるが、私が時々人生の指針として参考にさせていただいている美輪明宏は「恋とは自分本位、愛とは相手本位」と言っていた。好きな言葉だ。
この映画に当てはめると、さよが恋で、茂子は愛だ。詳しくは触れないが、さよは英治のみならず周囲の人々をかき乱し事件を起こす。その姿は狂気に満ちていて、自分の感情をむき出しにしている。まさに自分本位だ。対照的に茂子はいつも英治のそばにいるのにあまり目立たない。ひょっとすると英治にとって茂子の存在は当たり前すぎて目に入ってないのかもしれない。しかし最後にその印象をくつがえさせた。物語の終盤(さよとのことを)「すまない」と謝る英治に対して茂子は「人の心は誰にも止められない」と言い放つ。
このシーンまで茂子の心情はほぼ描かれることはないが、ラストのこの一言に夫の帰りを待つ妻の気持ちが凝縮されていて、どきっとしてしまう。
いろんな意味で女っておそろしい、と女の私が思った。茂子によってこの映画は恋ではなく相手本位の愛の物語となったのだ。
高倉健さん
ここまでストーリーのことに触れてきたが最後に高倉健さんについて触れておきたい。
健さんは福岡県出身で自分と同郷である。平成生まれの私のなかのイメージは、昭和の名俳優、硬派、漢、九州男児などという言葉が浮かぶ。ただ正直なところ、私は「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員」など、ごく有名な作品の、作品を通しての健さんしか知らなかった。そのため昭和の時代に実際にどのような人物として認知されていたのか父に話を聞いてみた。
高倉健さんと言えば「こんな人がお父さんだったら良いなぁ」という憧れの存在だったそうだ(健さんの影響で当時は角刈りがはやり、父もまねしたそうだ)。曲がったことが嫌いで、不器用。だからこそ、時折見せてくれる優しさにひきつけられる。父いわく、九州男児という言葉がぴったりだった父の父(私からすると祖父である)と重なるらしい。父の話を聞いて健さんの人物像がより明白になり、近い存在に感じられた。
そして健さんと言えば「背中で演技する」俳優としても有名だ。あまり多くを語らない健さんの大きな背中は、見る人の心を投影させるような不思議な魅力がある。それは演技にうそが無く、彼の筋の通った生きかたがあらわれているからではないだろうか……。
私も俳優として、その人そのものの生き様を感じさせる芝居に憧れる。強さのなかに優しさを感じる健さんのその背中を追いかけて、私も日々人間力から生まれる表現力を磨きたい。
「居酒屋兆治」
Blu-ray&DVD発売中
Blu-ray:5,170円(税抜価格4,700円)
DVD:2,750円(税抜価格2,500円)
発売・販売元:東宝
©1983 TOHO CO., LTD. All rights reserved.
読者お問い合わせ先
≪東宝ビデオお客様センター≫
TEL:050-3528-6316
営業時間:月~金(祝祭日除く) 10:00~17:00