「お母さんが一緒」

「お母さんが一緒」©2024松竹ブロードキャスティング

2024.8.01

<ネタバレあり>臨場感あふれる会話劇「お母さんが一緒」から得た生き物としての教訓

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

今泉マヤ

今泉マヤ

舞台のような臨場感

「お母さんが一緒」同名の舞台が原作となった作品である。舞台は佐賀のとある温泉旅館。九州のとある家庭に生まれた3姉妹は母の誕生日旅行を計画するが、姉妹たちの本音が爆発して物語は思わぬ方向へ……。終始会話劇で構成されているが、途中だれることもなく、途中重い空気にならないのはまるで芝居に舞台のような臨場感があり、その完成度が高いからだ。


 

暴かれる母の存在

実はこの作品、奇しくも鑑賞した日が自分の母親の誕生日であった。というのもあり、親子愛や姉妹愛にあふれ、きっと時々母の顔を浮かべ涙してしまうような家族ドラマを(期待を込めて)想像していたが、まったく裏切られてしまった。3姉妹の大げんか。しかもずっと本気(ガチ)。そして常に家族をかき乱す台風の目のような存在の母。しかもその母は一度も登場しない。なのに大きすぎる存在感。そのエキセントリックな人格を娘たちのやりとりによって観客に想像させるのも舞台的でもあり今作の面白さである。
 

女のバトルの根源

自分も女として生まれ、妹がおり、女子校に通った経験もあり、比較的女性の多い社会で生きてきて思うことがある。なぜ女同士が集まるとバトルが勃発するのか。親の言うことを聞きすぎて逆に大人になりきれていないクレージーな長女(江口のりこ)。長女よりは自由を謳歌(おうか)してそうだが特に恋愛において地雷的なトラウマを持つ次女(内田慈)。そんな姉たちから一歩引いた視点を持ちながら突拍子もない言動で周囲を惑わせる三女(古川琴音)。

そんな3姉妹を見ていると彼女たちを産み落とした母の輪郭が自然と見えてくる。当たり前だがこのまとまりのない3人〝お母さんが一緒〟なのだ。と我に返らせられる。きっとどこか似た本質をもっているからこそ、磁石の同じ極のように反発し合うのだろう。女のバトルの根源は共感性のねじれ、なのかもしれない。ただはたから見る分にはおかしくてたまらない。回り回ってほほ笑ましくも感じるほどである。
 

話し合いは明るいうちに

3姉妹とは別に今作でもう一人重要な存在である三女の彼氏(青山フォール勝ち)が家族げんかの渦中に居続けられたのは彼もまた似た気持ちだったからではないか?とも思う。三女の彼氏。劇中では少々空気が読めないキャラクターだが、個人的に今作で最も強い教訓を残してくれた。それは〝話し合いは明るいうちに〟ということだ。確かに、物語の時間軸は夕方以降。部屋に入るなり長女の小言から始まった3姉妹のバトルは夕食の時間を飛び越え深夜まで続く。暗い時間帯になればなるほどに、なぜ彼女たちは言い争っているのか、3姉妹も、見ている我々も分からなくなっていく。

そういえば、私もお世話になっている方に「人は明るいうちに見なさい」と言われたことがある。目の前の人の純粋な姿を見たいとき、明るい時間帯を選ぶほうが良い。飲み会よりもモーニングやランチのほうが良いというのだ。これは誰がどうではなく、生き物として、ヒトが正確な判断力を発揮できる時間なのかもしれない。
 

社会で生き抜くヒントを得られた

それは同じ腹から生まれた兄弟や姉妹も一緒だ。共に生きていく運命を持ったとき、共存共栄していく可能性を広げるためには生き物としての特質に準ずるのが良いのかもしれない。今作がそんなスケールの大きな話なのかは分からないが、姉妹の会話に笑いながら社会で生き抜くヒントを得られたような、そんな気がした。

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ライター
今泉マヤ

今泉マヤ

いまいずみ まや
2006年に福岡県福岡市でスカウトされ、福岡の芸能プロダクション、アソウスタイルオフイスに所属。2013年の西南学院大学3年時にテレビ西日本の報道番組「福岡NEWSファイルCLUB」でお天気キャスターとリポーターとして活動する。2015年4月、株式会社マリアクレイスの設立とともに本格的に女優として活動するため上京する。俳優としてCM、ドラマやキャスター等とともに絵本の出版などアーティスト活動も行っている。

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