「西園寺さんは家事をしない 第1話」=TBS提供

「西園寺さんは家事をしない 第1話」=TBS提供

2024.7.16

松村北斗の演技は〝浸透〟する 「キリエ」「夜明け」「西園寺さん」で光るリアリズム

映画やドラマでよく見かけるようになったあの人、その顔、この名前。どんな人?と気になってるけど、誰に聞いたらいいのやら。心配無用、これさえ読めば、もう大丈夫。ひとシネマが、お教えします。

SYO

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松本若菜と松村北斗が共演したテレビドラマ「西園寺さんは家事をしない」(TBS系火曜午後10時)が、7月9日から放送中だ。家事を一切しない!と決めてバリバリ働くアプリ制作会社の社員・西園寺(松本)が、転職してきたエンジニア・楠見(松村)と同居することになる物語だが、テーマとなるのはタイトルにもある「家事」。家事・仕事・育児のバランスをとる難しさや、さらには「自分の身を削って家事や育児をしなければならない」という〝呪縛〟についても言及がなされていく。

 

アイドルとして俳優として 頭角

本作において、一見つっけんどんな印象を与えるが、妻の死後約1年にわたって娘の育児に仕事にと奮闘した結果、心身共に限界寸前のシングルファーザーを絶妙な硬軟のバランスで演じている松村北斗。アイドルグループ「SixTONES(ストーンズ)」としての活動はもとより、近年俳優としてもめきめきと頭角を現している。NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」や「ノッキンオン・ロックドドア」(テレビ朝日系)といったテレビドラマでの活躍も魅力だが、彼の特徴はやはり作家主義的映画での〝浸透性〟にあるだろう。

「キリエのうた」で岩井俊二、「夜明けのすべて」で三宅唱、さらに「すずめの戸締まり」では新海誠と組み、アニメーション映画のボイスキャストに挑戦した。本作では「アニメ界のアカデミー賞」と呼ばれるアニー賞の声優賞長編作品部門にノミネートを果たす快挙を達成(第51回)。椅子に変身させられた青年という難役をきっちりと演じ切り、豊かな感性と表現力の幅を見せつけた。


「西園寺さんは家事をしない 第1話」=TBS提供


記号的でなく表現する心の動き

「キリエのうた」「夜明けのすべて」そして「西園寺さんは家事をしない」に共通するのは、松村が演じる人物が他者とのコミュニケーションにおいてある種の〝壁〟を感じているということ。「キリエのうた」では医者一家に生まれて居心地の悪さを感じる青年が心を許せる女性に出会うも、震災に巻き込まれて離ればなれになってしまい捜し続けるという心痛な運命を繊細に演じ切り、「夜明けのすべて」ではパニック障害を発症して日常が一変してしまった会社員の苦悩を劇的に誇張することなく、むしろ悲しみを押し込めるような形で表現した。「西園寺さんは家事をしない」は前述のとおりだが、これら3作品にはある同系統のシーンが用意されており、松村の武器である〝現実世界への浸透性〟を決定づける役割を果たしている。

それは、感情の決壊。といっても、いわゆる「泣きの演技」とは一味違う。称賛されることの多い「泣きの演技」というのは、観客/視聴者の感情を動かすという意味でのパワー系のアプローチが多い。思いがあふれて涙がこぼれ、顔がくしゃくしゃになるようなものだ。それは時として「泣き顔」のようなビジュアル面が優先/注目されがちになってしまう。つまり、そのさまを「見せる」ことに意識が向かうのだ。ただ松村の場合は、これは監督や演出家との幸運な出会いもあるだろうが――感情の決壊を「隠す」「なじませる」傾向にある。


「ディア・ファミリー」©2024「ディア・ファミリー」製作委員会

冷静さ感じる「ディア・ファミリー」

「キリエのうた」では泣き崩れる見せ場のシーンで顔を覆い、「西園寺さんは家事をしない」では流れてしまう涙を止めようとする。「夜明けのすべて」においても、笑顔は見せるが悲しみは極力表出させない(その代わり、そこはかとなくまとわせている)。「ディア・ファミリー」はテーマやテイスト的にも時として強めの感情演技が求められる作品だったろうが、このベースラインがあるため感情的な高ぶりがあっても「冷静さ」や「客観視」を感じられる芝居だったのではないか。

これは良しあしではなく、日本の大衆的なドラマ・映画には「情報を伝える」ための記号的な演技を尊ぶ傾向がある。そうした土壌の中で、物語ではなく現実から立ち上げていくような松村北斗の演技の特質は、珍しい部類といえるだろう。裏を返せば、彼にしか演じられない/彼だからこそ一歩踏み込める役柄があり、待っているということ。「西園寺さんは家事をしない」の今後の展開、さらには次なる映画出演でどんな人物に息を吹き込むのか――注視していきたい。

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ライター
SYO

SYO

1987年福井県生まれ。東京学芸大学にて映像・演劇表現を学んだのち、映画雑誌の編集プロダクション、映画WEBメディアでの勤務を経て2020年に独立。 映画・アニメ、ドラマを中心に、小説や漫画、音楽などエンタメ系全般のインタビュー、レビュー、コラム等を各メディアにて執筆。トークイベント、映画情報番組への出演も行う。

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