「一月の声に歓びを刻め」の三島有紀子監督=勝田友巳撮影

「一月の声に歓びを刻め」の三島有紀子監督=勝田友巳撮影

2024.2.14

過去を掘り下げ行き着いた「罪の意識」 必ず届く〝叫び〟〝慟哭〟〝つぶやき〟 三島有紀子監督「一月の声に歓びを刻め」

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勝田友巳

勝田友巳

 「一月の声に歓びを刻め」は、三島有紀子監督が幼少期の性被害を基にして作った映画だ。「いつかは映画に」と思い続けた原点と、コロナ禍を経て向き合った。しかし、描いたのは私的体験というより、それを掘り下げて突き当たった「人間の罪のありよう」だ。「自分にとって大きな作品になった」と話す。


6歳で受けた性暴力 「赤い靴」が生きる力に

6歳の時に性暴力の犠牲となり、「自分を消したい」というほど深い傷を受けた。しかし4歳で見た「赤い靴」(1948年)の美しさへの感動を思い出し、最後に命を絶つ主人公に対して「自分はまだ生きている」と考えて楽になったと振り返る。事件のことは「映画作家としていつかは作らなければ」と思い続けた。

コロナ禍に見舞われて、進めていた企画が次々と中止、延期となる。行動制限される中で自分と向き合った。「なぜ映画を作るのかと考えるうちに、原点に立ち返ったんです。苦しみながらも生きる人間の姿の美しさを映画で見て、その美しさは誰にも否定できないと思わせてくれた。そういう映画を作れたらと思い始めたのは、事件がきっかけだった」

一方で、コロナ禍の最中に個人的な体験に基づく短編「よろこびのうた Ode to Joy」「IMPERIAL 大阪堂島出入橋」とドキュメンタリー「東京組曲2020」を撮った。「IMPERIAL」のロケハン中に、偶然自分が被害を受けた現場を目撃し、同席していたプロデューサーに「あの場所だった」と話したことから本作が動き出す。「いつかタイミングが来ると信じていた。でも今は無理だ、じゃあいつなんだと自問する中で、たまたまその場所を目にしました。何かに導かれたのかも」


「一月の声に歓びを刻め」© bouquet garni films

なぜ罪を感じるのか 自分を取材

「一月の声に歓びを刻め」は三つの物語からなる。北海道・洞爺湖畔に一人で暮らすマキ(カルーセル麻紀)は、年始に訪れた長女一家を迎える。マキは47年前に幼かった次女が性被害に遭い、後に溺死したことで自分を責め続け、性適合手術を受けて女性として暮らしている。東京・八丈島で牛飼いをする誠(哀川翔)の元に、娘が妊娠して帰省する。誠は交通事故に遭った妻の延命治療を中止したことを自問している。第3章は大阪・堂島に帰ってきたれいこ(前田敦子)が、幼い頃に受けた性暴力の現場を訪れ、詳細に告白する。

「事件をどう映画にするかを考えるうちに、自分が被害者なのに『汚れた』『自分が悪いのでは』と思ってしまうのは何なんだと思い始めたんです」。行き着いたのは、堂島編のセリフにもある「なんで私が罪を感じなきゃいけないんだよ、やられたの私じゃん」という感覚だった。「罪の意識とは何かを見つめていけばいいんだなと」。事件を脚本にするのも、つらい作業ではなかったという。「自分のことを書くというより、客観的に自分自身を取材する感覚。取り出した多くの材料から人物を作り上げました」



こうしてあげたかった

自身の父親への想像が洞爺湖編となった。「私が映画と出会わずに命を落としてしまったら、どんな気持ちになったんだろうと。娘を死に追いやった男性性を憎むあまり性器を切り取ってしまう人は、どんな存在か」。性適合手術を受けて女性となった、カルーセルに当てて脚本を書いた。「本当はこうしてあげたかったのに」という罪の意識が描かれる。

八丈島編は、「日常にある罪を見つめた」。根源的な罪というより、選択や決断に伴う罪の意識。「事故に遭った妻の延命治療をやめる決断は正しかったのか、娘がかつて罪を犯した男の子どもを宿して帰ってきたらどう受け止めるか」

生きている人たちの過去を、声で

登場人物はみなつらい過去を持ち、それらは回想場面ではなく独白で明かされる。「事件そのものよりも、傷や罪の意識を抱えながらその人の人生が続いていることが重要だった。過去がどういうものかを、声や表情、動きで見せたかった」

撮影前の俳優との本読みで、その「声」は届くと確信したという。「麻紀さんの叫び、哀川さんのつぶやき、前田さんの慟哭(どうこく)。物語的には離れていても、声は誰かに届き、その誰かが共鳴して変化する。その人の出す声は、別の誰かに作用していく」。そんな映画になった。

物語は、あえて作らなかったという。「説明したり展開させたりはやめて、人物を見つめよう、たたずまいや会話の中で感じてもらおうと。人物に寄り添って、結末を決めずに脚本を書き始めた」


培った技術を駆使して

自主製作の構えでも、商業映画で培った映画作りの骨法は存分に生きている。三つの章は映像も演出法も物語と俳優に合わせて変え、異なる雰囲気を持たせた。雪に覆われた洞爺湖編は「限りなく美しく。私にとって美しさは、きれいというより、悲しいか狂ってるか」。亡くした次女を思い続けるマキには、深い愛情とともに狂気も感じられる。カルーセルには、演技の指示はほとんどしなかった。

この章の最後でマキは、深く積もった雪の中を湖畔まで歩き、死んだ我が子の名を叫ぶ。「麻紀さんに言ったのは、その場所でれいこの遺体が見つかったということと、父親の声で、世界中の人に届くように言葉を発してほしいという二つだけ。麻紀さんの肉体と言葉を信じました」。1回でOKだった。

八丈島編は一転、緑が目立ち情が濃い。「八丈島には湿度が高くて、生々しい熱風を感じました。哀川さんは、感情や言葉をアクションに変えてくれる、映画的な役者だと思います。主演していた『勝手にしやがれ』シリーズを思いながら撮りました」。監督自身が演じてイメージを伝え、カット割りもきちんと作った。


前田敦子とじっくり話した1時間

堂島編はモノクロ。自身が性被害を受けた場所で、撮影した。「自分の事件の後で、世界がモノクロに見えていたという話をカメラマンにしたら、れいこにもモノクロに見えているのかもと」。れいこが自身の被害を告白しながら事件の現場に向かい、泣きながら忌まわしい思い出とつながる花をむしる場面は、20分にも及ぶ長回しだった。

「前田さんと1時間ぐらい、ロケ地を歩きながらじっくり話しました。いつの間にか手をつないで。相手役の坂東龍汰さんやスタッフがついてきて、この作品の大事な瞬間が目の前にあると感じてくれたと思う」。映画はれいこが、奇妙礼太郎の「きになる」を歌いながら歩く場面で終わる。「全ての声を、このカットにつなげました。ワンテークでした」

映画作りのベクトルが変わった

この映画は自身にとっての区切りや救いではないという。「あのときの自分みたいな人はきっとたくさんいるし、誰でも傷は持っているでしょう。作品として観客に届けばいい。自分にどう返って来るかは、意識にありませんでした」

ただ、これから映画の作り方が変わるのではないかとも感じている。「これまでは、時代を考えて人物や物語を作り、そこに自分のエッセンスを見つけてきた。でもこの作品で自分自身について突き詰めるうちに、そこから時代の気分や社会が見えてくるのではないかと思ったんです。ベクトルが全く変わった。一番大きな命題に向き合えたという意味では、人生にとって大きな作品になりました」

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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